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.国際  投稿日:2024/12/3

ドイツの危機は欧州の危機?変貌する世界政治の行方


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#49

2024年12月2-8日

 

【まとめ】

・キヤノングローバル戦略研究所(CIGS)は、近未来の台湾情勢を想定した「政策シミュレーション」を主催した。

・ドイツの政局混乱はルーマニアにも飛び火。欧州政治が変質する前兆か。

・イスラエルとヒズブッラが停戦。トランプ政権は「親イスラエル」強硬政策を継続する可能性が高い。



 先週末、我らがキヤノングローバル戦略研究所(CIGS)は新たな「政策シミュレーション」を主催した。今年3回目となる今回は近未来の台湾情勢を想定し、日米・近隣諸国や日本国内の自治体・経済界などの複数のチームに分かれ、都内某所で学者、政治家、ジャーナリスト、官僚、ビジネスパーソンなど数十人の参加を得て行った。

CIGSは2010年以来、様々な国際情勢や内外のクライシスを想定した架空のシナリオに基づき、泊まりがけで24時間のロールプレー型政策シミュレーション(米国等ではWar Gameとも呼ばれる)を「チャタムハウスルール」で実施してきている。数え方にもよるが、過去14年間でこの手のゲームの実施は40数回目になると思う。

ここに改めてご参加頂いた方々に深甚なる謝意を表したい。詳しい内容の報告については、今回シナリオを作りシミュレーション・コントローラーを務めた峯村健司CIGS主任研究員に任せている。されば、ここではCIGSが政策シミュレーションに「チャタムハウスルール」を導入している理由について説明させて頂きたい。

「チャタムハウスルール」とは、英国の有力シンクタンクが採用する一種の紳士(淑女)協定。会議等参加者の氏名・肩書等詳細は公表せず、また誰が如何なる行動や発言をしたかも口外しない、というもの。日本にもこの種のシミュレーションをやる組織はあるが、一部ではTVカメラを入れ、準公開で行われるケースすらあると聞く。

でも、キヤノングローバル戦略研究所はそんなやり方はしない。カメラや録音機が入れば、参加者が自由に考え本音で語ることができなくなると思うからだ。幸い今回も参加して下さった各プレーヤーの温かい支援もあり、全体として多くの貴重な教訓を得ることができた。中身については、追って報告書を発表する。

 

 今週もう一つ気になったのは欧州情勢、特にドイツ連立政権の瓦解と来年3月の総選挙実施だ。このニュース、実はかなり前から気になっていたのだが、今や混乱はドイツだけでなく、ルーマニアにも飛び火している。ドイツの政局混乱とルーマニアでの「極右」台頭に直接関連はないが、両国には見逃せない「共通点」があるからだ。

詳細は関連記事をお読み頂きたいが、結論から言えば、こうした一連の動きは戦後、特にソ連崩壊後の欧州政治が変質する前兆ではないかと懸念する。従来欧州政治の主流だった穏健中道系左右両勢力間の政権交代ないし連立政権が、経済格差と移民流入拡大を機に、遂に「忘れ去られた人々」の支持を失い始めたのだろう。

その象徴がフォルクスワーゲン労働者のストライキだ。遂にドイツでも製造業の凋落が始まったのだとしたら、これはドイツだけでなく、欧州全体の危機にもなりかねない。EU(欧州連合)は仏独の連携とドイツの忍耐で成り立ってきた。フランスはもう峠を過ぎたが、ドイツでも内政が不安定化すれば、これは「いつか来た道」となる。

欧州の専門家ではないので、「オオカミ少年」になるつもりはない。だが、テレビではこれまで繁栄を謳歌してきたフォルクスワーゲンの労働者たちが、拳を振り上げながら政府・経営者批判を叫ぶ姿が連日流れている。この人たちの怒りの「受け皿」は何なのか。それを再び「国家社会主義」にしない「知恵」を欧州は持っているのか。

 

 続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

12月3日 火曜日 ギリシャ首相訪英、英首相と会談

 NATO外相会合(ブラッセル、2日間)

12月4日 水曜日 仏議会、仏首相不信任決議案について採決投票

 アルゼンチン、保守主義行動会議を初めて主催

 米大統領、アンゴラ訪問終了

12月5日 木曜日 ウルグアイ、メルコスール首脳会議を主催

 欧州議会議長ポーランド訪問、ポーランド首相と会談

12月6日 金曜日 台湾総統、南太平洋諸国訪問を終了

 ロシア大統領、ベラルーシ訪問

12月7日 土曜日 ガーナで総選挙

 カタルでドーハフォーラム開催(2日間)

12月8日 日曜日 ルーマニア、大統領選決選投票

 

 最後はいつものガザ・中東情勢だ。ようやくイスラエルとヒズブッラの停戦が実現したが、先週記事で筆者は「一方が『もっと勝てる』と思えば、停戦には至らない。これが筆者の考える「戦争と停戦の法則だ」と書いた。「停戦違反が停戦違反を呼ぶ」今の状況は驚かないが、ヒズブッラはもう本格戦闘再開など望まないのではないか。

一方トランプ政権は、トランプ氏の次女の義父でもあるレバノン系米国人実業家をアラブ・中東担当の上級顧問に起用すると発表したそうだ。でも、これってトランプ家お得意のネポティズムとアラブ系米国人有権者に対するリップサービスでしかないだろう。それにしても、トランプ政権は相変わらず分かり易い人々の集まりである。

トランプ氏は起用した人物を「国際舞台で豊富な経験があり、実業界で高く評価されているリーダー」「中東地域の和平を強く支持しており、米国と国益にとって強力な代弁者」と述べたそうだが、所詮「上級顧問」レベルで出来ることは限られている。トランプ政権は引き続き「親イスラエル」強硬政策を続ける可能性が高いだろう。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。




 

トップ写真)フォルクスワーゲン労働者、全国で警告ストライキを開始

ドイツのエムデンフォルクスワーゲンの工場の外に集まったストライキ中の労働者たち。 (2024年12月2日)

出典)Photo by David Hecker/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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