[古森義久]【問われる日本の国際テロ対策】~英・有力野党議員がシリア空爆支持~
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
2015年の世界の出来事を回顧すると、まず頭に浮かぶのは国際テロリズムである。11月のパリでのイスラム過激派テロ組織「IS(イスラム国)」による大量無差別殺戮がその代表例だろう。このテロにはどう対処するのが最善なのか。新しい年2016年の全世界的な課題といえよう。
この点でわが日本の対応が一般に甘いことはすでにこのコラムでも指摘してきた。12月中旬のNHKテレビでも「テロとどう向き合うか」という題の討論番組を放映していた。だがこの「テロと向き合う」というのは適切な態度なのか。そもそも「向き合う」というのは共通点を持ち、対等な相手と交流をする際の表現だろう。「友人と向き合う」「子供と向き合う」「高齢者問題と向き合う」などなど、である。どの場合でも基本的に友好や善意をこめての対応が「向き合う」という言葉の真意だろう。
目の前で多数の人を殺した犯人に市民の擁護者の警察が対峙した際に「殺人犯に向き合う」というだろうか。その警察の対応は対峙であり、対決であり、法の執行である。「向き合う」という概念はありえない。
国際的な現状をみれば、日本の上記のような態度がますます少数派にみえてくる。傍観者に近いような気楽な言動とさえ映るのである。そんなことを改めて実感されたのはイギリス議会での有力リベラル派議員の発言だった。この発言はアメリカにも詳しく報道されて、大きな反響を招いた。
舞台はイギリス議会の下院、この12月上旬だった。政府を代表する保守党のデービッド・キャメロン首相がIS対策としてこれまでイギリス軍が実施していたイラク領内のIS支配地区への空爆を拡大して、シリア領内でも実施するという提案を示した。野党の労働党は党首のジェレミー・コービン議員らがこぞって反対した。ところがその労働党の有力メンバーで「影の内閣」の外相であるヒラリー・ベン議員が賛成の激烈な演説をして与野党両方を驚かせたのだった。
「イスラム過激派のテロリストたちが私たちの国家安全保障を脅かし、大量に人命を奪う攻撃を繰り返し、これからもまた攻撃することを宣言しているときに、自国の安全保障、そして自衛の責任を他者にゆだね、傍観することができるのですか」
「私たちはいまファシストと対決しているのです。彼らは計算しつくした残虐性だけでなく、自分たちがいまここに集まったイギリス議会の選良、そして私たちが代表するイギリス国民のだれよりも優越しているという信念を抱いています」
ベン議員は労働党でもベテランの政治家で、労働組合出身、日ごろは内政でも外交でも穏健リベラル派の人物として知られてきた。父親のトニー・ベン氏も労働党左派の著名な政治家だった。
そんなベン議員が今回の演説ではISのシリアやイラク領内での民間人大量殺戮やロシア旅客機の撃墜、そしてパリでの無差別殺戮の事例をあげて、イスラム・テロリストの殲滅を主張したのだ。労働党の党首の意見を結果として否定する大胆な発言だった。ベン議員はさらに語った。
「テロリストたちは私たちを侮蔑しているのです。私たちの価値観、民主主義、そして異なる信仰への寛容さや礼節を侮蔑するのです。彼らはいま私たちが決定を下そうとしている民主主義の制度さえも侮蔑します。こうしたファシストたちに対して私たちがいま明確に述べられることは、彼らは打破されねばならない、という一点なのです」
ベン議員の自党にも反旗を翻すこんな言葉は議会内はもちろん一般にも強い衝撃と同意の波を引き起こしたと、イギリスの各大手メディアは報道した。それどころかアメリカの大手紙ウォールストリート・ジャーナルも「リベラル派のテロに対する真実の言葉」として大きく報じたのだった。その記事はアメリカのリベラル派のオバマ大統領やヒラリー前国務長官らがISに対して「過激派」とか「テロ組織」とは呼んでも、「イスラム」という表現を避け続ける政治的な弱腰への批判も明記されていた。
イギリスのリベラル派のこうした発言は日本の自称他称リベラル派にも知ってもらいたいところである。
(写真引用:By Flickr user Steve Punter (Mr Benn again on Flickr) [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons)