.政治  投稿日:2016/3/13

聖火台は可動式に 国立競技場騒動 東京都長期ビジョンを読み解く!その36

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西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

「西村健の地方自治ウォッチング」

臥龍点睛を欠く。

そんなニュースが舞い込んできた。すったもんだがあって建設計画が再スタートした東京五輪のメインスタジアムである国立競技場建設。なんと、聖火台をスタンド上部に設置できない可能性があることが問題になっている。政府は設置場所を検討するチームを発足させ、どこに設置するかを4月中に決める方針だそうだ。

五輪というイベントには欠かせないと思われているこの聖火台。誰もがこのニュースに耳を疑った。本当か?

当選した隈研吾さんを中心としたグループの技術提案書を見てみる。48ページにもなるその提案書。くまなく探してみたが、見つからない。

発注者はどういった要件を示しているのか。まさか記載しているだろうと思って新国立競技場整備事業について発注者が応募者に出した公募説明書を見てみると、そこに「聖火台」の文字は見当たらなかった。

聖火台はだいたい高さ2メートル、直径2メートル、重さ2トンの鋳物(加熱して溶かした金属を型に流し込み、冷やし、それが固まった後にできる金属)になる。

この騒動の原因分析をするのは後の機会に置いておいて、そこで提案だ。それは聖火台を移動式にしたらどうだろう。

理由その1。設置にはまたお金がかかるし、聖火台は五輪の時だけしか使われない。たった1回のために設置するのは「お金がかからない五輪」を体現できる(立候補ファイルの見積金額を何倍にも超えている今更ですが)。

その2。聖火の意味は五輪の象徴というが、一体どういった意味があるのかを今一度考えてみるとわからなくなる。そもそも聖火とは何か。オリンピックの象徴とされるが、いったいなんなのか?なぜ必要なのか?と考えてみた。

火は古代ギリシャ人にとって神聖なものであった(どこの文明もそうだろうが)。この聖火の案は1928年のアムステルダムオリンピックにあたって採用されたにすぎない案だそうだ。火が燃え続けるのは古代から続く伝統でもなんでもない、西欧のギリシャ的な伝統を活用した演出の一環ということだ。80年以上続けてきて、五輪の象徴までにもなった聖火だが歴史的文化的に「絶対」というわけでもなさそうだ。

明治神宮外苑はWikipediaによると「明治天皇の業績を後世までに残そうという趣旨で建設された洋風庭園」を基にしている。個人的にはギリシャ神話的な演出を心理的に受けいれられない人もいるかもしれない。

その3。上段に設置すると、聖火は下から見上げる形となり見えにくい。私は旧国立競技場の聖火台についてはずっとそう思っていた。聖火台は真ん中に設置すると、その燃え盛る炎を皆が目に焼き付けられる、「火」の偉大さを実感できる。

この提案。キャンプファイヤーみたいで安っぽいが、反面、なんとも21世紀的ではないか、民主主義を体現するようにも思える。

聖火台を可動式にすることで、新たな演出も可能になる。

みんなが聖火台に何かを投げ込むとか、火を動かしてトラックを回らせてみながお祈りをするとか、聖火の火であぶれるとか、国立競技場では表彰台の横か背景に必ず聖火があるとか、聖火から火をもらって観客席の前に広げておくとか、火を何かに点火させ江戸の火消しが消すとか(不謹慎かもしれないので気を悪くされた方がいたらすみません)。

現在のやり方は確かに重みのある儀式であり、それで進めるのもいいだろう。ただし、新たなアイデアや新しい発想で聖火を迎え入れることをわが日本が提案しても良いのではないかと考える。

良い悪い、の価値判断はしないが、商業主義化してしまった五輪に、新たな価値や理念を付加できるチャンスかもしれない。21世紀的な文脈で、西欧文明と日本「らしさ」を融合させる新たなアイデアを期待したい。

 

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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント、社会リーダー育成コーチ

NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、政策支援合同会社研究員、一般社団法人日本経営協会講師。慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア入社。その後、日本能率協会コンサルティングで地方自治体のまちづくり、行財政改革、業務改善、職員の能力開発を支援。2013年、社会問題解決のNPOを設立。

西村健

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