日本で聞かれないBrexit真の理由
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
「欧州連合(EU)離脱を決めた英国民は排他的でも、愚かでもなく、冷静な判断で決定を下したのだ」――こうした分析が気鋭のアメリカ人国際政治学者によりワシントンで発表された。
一方、日本ではもっぱら「英国民が無謀で無知だから」とか「危険な孤立主義やナショナリズムの暴走だ」「ダークサイドの極右や極左の台頭だ」などと、侮蔑や冷笑のにじむ反応が圧倒的のようである。控えめにみても、英国のEU離脱の選択は間違いだとして断じる向きが圧倒的なようだ。イギリス人というのはそんなに無知で偏狭なのだろうか。
ワシントンの外交研究機関「アメリカ外交政策評議会」の副会長で著名な国際政治学者のイラン・バーマン氏は6月27日、「ブレグジット:Brexit(英国EU離脱)の真の理由」と題する論文を発表した。
同論文はまず英国のEU離脱の選択に対しアメリカからも欧州からも非難が浴びせられ、いわゆる識者たちが英国民のこの決定を「外国人嫌いで、愚かだ」と断じているが、決してそうではない、と強調していた。そして「ブレグジットは英国有権者たちの外国人嫌いでも、愚かでもない計算を反映しているのだ」と指摘していた。
バーマン氏の論文はさらに以下のような骨子だった。
「英国はEU離脱により当面は多くの経済的な困難に襲われるかもしれないが、英国民多数派はそのリスクを理解していないとか、無視したと断じることは間違いだ。英国民の多数派がそのリスクを知ったうえでEU離脱を望んだのは、責任を取らず、国民を代表しない国家群の集合体の中での自分たちの地位に対して何十年もの間に積り積もった不満の結果なのである」
「英国民は自国が1970年代にEUの前身の欧州共同体に加盟して以来、自国の主権と繁栄がEUの要求によって、ゆっくりとだが確実に侵食されていくのを目撃してきた。現在、英国の健康保険や移民政策などに関する法律の60%が英国外の、選挙では選ばれていない政治エリートにより作られているのだ。ブリュッセルのEU本部にいるこれらエリートは選挙によって交替させることもできない」
「ロンドンの有力シンクタンクの調査は、EUの規則により英国は毎年、合計270億ドル相当の経費負担を課され、雇用、エネルギー、金融などへのEUによる一律の規制は英国の経済に大幅な損害を与えている、という結果を発表した。この状態は欧州全体が繁栄と安定を保っていれば、深刻な問題とはならないが、現実には各国の経済停滞や移民の大量流入により社会福祉までが支障を起こしているのだ」
「しかし欧州のエリートはEU全体を刷新し、活性化するための措置をほとんどとらずに、現在のEUのあり方が28加盟国にとって唯一の政治的選択だとする自己満足に浸っている。だが英国はそうではないことを示したのだ。EU離脱の結果、予測される多くの経済的な困難や政治的な迫害を覚悟したうえで英国の主権の回復を求めたという点は注目に値する」
「40年前、当時のマーガレット・サッチャー首相は経済的自由、政治的自由へのカギは『国家を国民の主ではなく僕(しもべ)とすること』だと述べた。EUのエリートたちは自分たちの最終的には責任をとらない官僚機構と限りない社会福祉の膨張にますます満足して、この重要な教訓を忘れたようにみえる。だが英国民は今回の国民投票でその教訓をEUエリートたちに知らしめたのだ」
以上のような分析は日本のニュースメディアでも識者の言でもなかなか出てこない。英国民の判断を多角的にみるうえでは、やはり認識しておくべき分析だろう。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。