次期国連事務総長選始まる その4 次期事務総長に望ましい資質
植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
次期国連事務総長にはどのような資質を持ち合わせた候補者が望ましいであろうか。
これまでの事務総長8人はすべて妥協の産物であったといえる。冷戦時代は東西陣営双方に受け入れられる人物が選出され、冷戦後でも政治的に突出した事務総長は常任理事国によって葬られる傾向があった。第6代のブトロス・ブトロス=ガリ(エジプト)事務総長は米国の拒否権で1期5年でその職を降り、第7代のコフィ・アナン(ガーナ)事務総長も二期目に米国に非難される羽目になった。第8代の潘基文(韓国)事務総長は選出の際、米国が「あまり強くない」候補者として支持することになったと言われている。
事務総長には国連憲章下二つの大きな役割がある。一つは国連事務局の長としての行政官の役割であり、もう一つは国際平和と安全保障への危機が存在する場合には安保理の行動を促すことができるという政治的・外交的役割である。4万人を超える職員と通常予算と平和維持活動(PKO)予算合わせて年間100億ドルを超える予算を管理運営する高度な行政能力が必要となるばかりでなく、安保理常任理事国をはじめ、193の加盟国とうまくやっていける外交力、多くの紛争に関与している国連を政治的に指導していく力、国際法や道徳の守護神としての役割など多様である。「世界で最も困難な職」とも言われる所以である。
次期国連事務総長には、国連の行政経験のある人が望ましい。これは絶対条件ではないが、国連という規模の大きな、しかも極度に複雑な行政機構を運営するには、かなりの行政能力が必要である。その意味では国連の行政経験があることは大きなプラスである。また、世界が多極化しつつあり、内戦や国際テロ、気候変動や開発へのアジェンダなど複雑な課題が山積みしている中で、政治力のある強い指導者が望まれる。しかし、政治的に突出するような候補者は敬遠されることから、国連をよく知り、外交的センスに優れている能力も必要となる。
東欧出身の候補者のうち、5人が旧ユーゴスラビア出身者である。あと3人はモルドバ、ブルガリア、チェコ出身だが、東欧出身者の中で国連や国連専門機関内部で最も行政経験があるのは、ブルガリア出身でユネスコ事務局長のイリナ・ボコヴァ女史と、スロベニア元大統領で国連事務次長補(政務担当)経験のあるダニロ・トゥルク氏である。
東欧以外では、ポルトガル元首相で国連難民高等弁務官経験者のアントニオ・グテレス氏、ニュージーランド元首相で現国連開発計画(UNDP)事務局長のヘレン・クラーク女史と、アルゼンチン外相で元国連事務次長経験者のスザナ・マルコーラ女史である。
最初の仮投票での上位三人、グテレス、トゥルク、ボコヴァは、国連での行政経験があることから、最有力候補となっているが、問題は、ロシアがグテレスやトゥルクを支持するか、また、米国がボコヴァを支持するかである。ロシアは東欧出身を希望しており、グテレスは西欧出身となる。ボコヴァは親ロシアとみられており、現在の米ロ関係からみて、米国が支持しない可能性が強い。トゥルクが妥協の人物として浮上する可能性もあるが、ロシア次第であろう。
日本は前回に引き続き、新たな事務総長を選出する権利を持っている。事務総長選出には非常任理事国も大きな影響を与えるため、日本の選択にも注目される。政治的な要因が強いため、強い指導力を持った候補者が選ばれるのではないとしても、行政能力があり、徐々に強い指導力を発揮できるような資質を持った候補者を選択していくことが大事で、また、日本の国益だけではなく、これからの5年、10年と国際社会をリードし、国際公益に資する人物を選んでいくことが望まれる。
あわせて読みたい
この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。