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.政治  投稿日:2016/8/1

小池氏の勝因とメディアの課題


安倍宏行(Japan In-depth 編集長・ジャーナリスト

「編集長の眼」

終わってみたら小池百合子氏の圧勝だった。2位の増田寛也候補に100万票以上の差をつけた。選挙期間中、有力3候補の街頭演説会を中心に取材して当然の結果だった。長年、国政にしろ地方にしろ、選挙取材をしていると、民意の“勢い”を感じる時がある。例えば小泉郵政選挙の時などは典型的な例だった。うねりというか、有権者の期待が一気に高まって熱気となり、それが次々と相手候補を粉砕していく。それは現場にいると、数字に表れるより前に体感できるものだ。だからこそ選挙区に取材に行くのは極めて重要なのだ。選挙の結果は、有権者一人一人が作るものだなあ、と改めて実感しないわけにはいかない。

さて、今回の都知事選である。言いたいことは山ほどあるが、小池氏の勝因について、まず、与野党それぞれの候補者選定について見てみよう。

野党候補者選定のドタバタ

与党、野党、どちらも候補者選定に迷走した。とりわけ、目も当てられなかったのは野党だ。参院選から、民進、共産、社民、生活の4党が共闘し、統一候補を立てたことは記憶に新しい。今回の都知事選でもこの路線は貫かれた。しかし、候補者の一本化への道程は余りに長かった。

名前が挙がっただけでも、蓮舫参議院議員、元鳥取県知事片山善博氏、タレントの石田純一氏、元通産官僚、“I’m not ABE.”で一世を風靡した古賀茂明氏、と続いた。気の毒なのは人選に必死に動いていた民進党都連会長の松原仁衆議院議員だろう。結局11日に民進党党本部、すなわち岡田代表から、野党統一候補として鳥越俊太郎候補で一本化した、と伝えられたのだから、松原氏の心中察するに余りある。

そうした中、2012年の都知事選挙に初出馬して98万票を獲得し2位につけ、知名度抜群の元日弁連会長の宇都宮健児氏は、13日午後2時東京千代田区の日本記者クラブで行われた共同記者会見で出馬の意思を鮮明にしていた。野党内で候補が一本化出来ていない状況を露呈してしまったわけだ。結局、その後、宇都宮氏は立候補を取り下げたが、政策面でどう折り合いをつけたのか、どのような説得工作が行われたのか、さまざまな憶測を呼んだ。

その後、週刊文春の報じた鳥越候補の醜聞も手伝って苦戦が伝えられる中、松原氏が宇都宮氏の応援演説をお願いしたい、とテレビカメラの前で語ったが、氏が鳥越候補の応援演説に駆けつけることはなかった。

統一候補になったものの、当初から鳥越候補は街頭演説の極端な少なさが健康不安を想起させた。また、とある街頭演説会に遅れてきては、演説もほとんどせず、歌手で友人の森進一氏に短い応援演説をさせたかと思ったら、メディアを呼んでいた“鳥越神社”への参拝に行くためにその場をすぐに立ち去り、ずっと待っていた有権者の怒りがテレビで放映されたり、フジテレビの政治討論番組「新報道2001」の直前の出演キャンセルで増田、小池候補との討論が流れたり、同じくフジテレビのお昼のワイドショー「バイキング」でようやく3候補揃ったかと思ったら、小池候補の「病み上がり」発言をやり玉にあげて「ガンサバイバーへの差別だ」と激高したり、インターネットの討論番組、「候補者ネット討論」(主催・わっしょい!ネット選挙)出演(24日)もドタキャンしたり、どうも選挙活動がぎくしゃくした感は否めなかった。

挙句の果てに、週刊文春の記事が出、週刊新潮も追っかけたのだが、鳥越候補は自分の口で説明せずに、弁護団がいきなりの刑事告訴とあいなった。これも有権者の頭に疑問符をつけることになったのは間違いない。

その後も、大島視察中に消費税を5%にする、と言ったり、街頭演説では小池候補を標的に「あの人は核武装すると言っている」と指弾して「東京非核化宣言」をぶち上げ、「東京250キロ圏内の原発停止と廃炉を電力会社に求める。」と約束したり、民進党の公約からはどんどん離れていった。これでは、支援団体は一枚岩にはなれなかったろう。

自民党分裂選挙のわけ

一方、与党側の候補者選定もドタバタした。最初名前が挙がったのが、アイドルグループ嵐の櫻井翔の父親である前総務省事務次官桜井俊氏。与野党相乗りで、長島昭久・元防衛副大臣の名前も挙がった。が、結局元岩手県知事・元総務相の増田寛也氏に決まった。

増田候補は、知名度がそもそもない上に、早い段階から、ネット上では岩手県知事時代に債務を大幅に増やしたことや、東京一極集中を批判していたこと、総務相時代に法人事業税の一部を地方に再分配する「地方法人特別税」を創設し、その累計が1兆円にも上っていることなどが次々と明るみに出たことで、何故都知事になりたいのか、疑問に思った有権者も多かったろう。

また、自民党都連が増田候補以外を支援すると親戚含め党除名、なる文書をばらまいたこともマイナスに働いた。都連会長の石原伸晃衆議院議員は小池氏の都連への推薦依頼に対する回答を参院選後、と先送りし、結局小池氏の出馬を早めることになった。結果、自民分裂選挙にしてしまった罪は重い。

小池氏は党を除名されることはなかったが、孤立無援で選挙活動を行っている、との印象から、自民党支持者の同情票が小池候補に流れたのは間違いない。除名覚悟で小池支援に回った自民党の若狭勝衆議院議員の存在も大きかった。若狭氏は元東京地検特捜部副部長の肩書を前面に出し、小池候補が当初から問題視している、都議会のブラックボックス化している意思決定システムや、利権構造にメスを入れることをアピールした。猪瀬、舛添、と2代続いたカネの問題に辟易していた有権者には響いたであろうことは想像に難くない。

増田候補の敗戦は、党本部と都連の意思疎通の悪さと、それ故、候補者一本化に失敗したことが原因だろう。もっとも、最初から小池氏を候補に、という発想が都連にも党本部にもなかったであろうから、ある意味この結果は必然だったのかもしれない。また、小池氏にしてみれば、第二次安倍内閣では無役であり、このままでいるより、都知事選に勝負をかけた方が今後の事を考えると得策、との判断から出馬したと思われる。安倍首相がどこまでこの結果を予想していたかはわからないが、人事とは時として予期せぬ結果を引き起こすものだと言わざるを得ない。

その安倍首相は一度も増田候補の応援演説には入らず、30日にようやく菅義偉官房長官が応援に入ったに過ぎなかった。銀座4丁目で開かれたその街頭演説、司会の丸川珠代環境大臣の「5,000名の皆さんに集まって頂きました!」との絶叫も空しく、その5分の1いたかいなかったか、という状況で、組織選挙とは名ばかりと感じた。

一方、小池陣営は、無党派層とおぼしき有権者が日増しに増えていくのが実感できた。「百合子グリーン」といつしか呼ばれるようになった、緑のワンポイントを身につけて応援に駆け付けて、との呼びかけが浸透し、緑のスカーフや帽子だけでなく、ピーマンやブロッコリーなど野菜を持って駆けつける人も。女性が多いかと思いきや、男性も徐々に増えていったと感じた。その多くは自発的に集まって来た人たちで、道行く主婦も子連れで熱心に演説を聞いている姿が目立った。

野党と与党、双方の敵失は明らかにあったと思われるが、何より無党派層を取り込んだ、小池氏の勝ちはある意味最初から決まっていたのかもしれない。後出しじゃんけんではなく、いの一番に手を挙げた勇気、都連との対決姿勢を最初から鮮明にした度胸、党除名をモノともしない胆力、具体的な政策などが多くの都民に支持された結果であろう。

■メディアの伝え方

次に、メディアの伝え方に苦言を呈したい。いつものことながら、ステレオタイプな報道が目立った。3候補だけに絞り、他の候補者の政策をほとんど報じなかった。その3候補だとて、揃って政策を議論する場がほとんどなかったことは、今後の問題としてしっかり振り返るべきだ。そして、ニュースもワイドショーも取材不足で、政策面での比較をきちんと出来ていなかった。突っ込んだ質問もせず、挙句の果てに政策論争が深まらない、とか、差がない、とかコメントしていたが、詳しく取材し比較して有権者に判断する材料を提供出来ていたとはとても言えない。

そうした中で、ウェブメディアは存在感を示した。NewsPicksは猪瀬直樹元都知事のインタビューを掲載、その中で猪瀬氏は議会のドンとの軋轢について赤裸々に語った。名指しされた内田茂都議会議員は沈黙を守っており、一方的な記事ではあるが、編集部としては報じる意義があると判断したのだろう。他のウェブメディアも次々と転載し、また多くの人が引用したことで、一部の人にはかなりの影響があったと思われる。増田候補の岩手県時代の様々な問題をヤフーニュース上で明らかにしたのも、著名ブロガーの山本一郎氏であった。

一方で、既存メディア、特に新聞・テレビはこの一件を全く報道せず、有権者の多くの知る権利は奪われた。この点も、既存メディアは検証し、評価をすべきであろう。さもなくば、今後の既存メディアの選挙報道は見向きもされなくなるに違いない。それは極めて不幸なことである。有権者にとってどのような情報が必要なのか原点に返って考えるべきだろう。その際、ウェブメディアとの連携なども視野に入ってくるのではないか。

今後の課題

小池新都知事はさっそく議会の抵抗勢力と相対峙しなければならない。しかし、これまでのように、議会の一部勢力が都知事と対立することで、都政が停滞するようなことがあってはならない。都議会議員、都知事。どちらも選挙の洗礼を受けている。とはいえ、都政は都民の為にある。都民にとって重要な政策、特に、待ったなしの首都直下地震対策、待機児童問題など女性を働きやすくする対策、超高齢社会への備え、そしてそのために必要な財源をどうするかという財政改革を推し進めなければならない。無論オリンピック・パラリンピックでの無駄遣いは厳に戒めるべきだ。こうした課題の解決を遅らせるような都政の停滞を招いてはならない。メディアは都政の状況をしっかりと報じ、都民が来年の都議会選挙で誰を議会に送りだすかの判断材料を提供すべきだ。知事と議会の対立などを面白おかしく報じるような愚だけは避けねばならない。

トップ画像:投開票から一夜明け81日午前の記者会見© Japan In-depth 編集部


この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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