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.国際  投稿日:2016/9/28

トランプvsヒラリー初ディベートに驚きなし アメリカのリーダーどう決まる? その26


大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)

「アメリカ本音通信」

9月26日にドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが1対1で行う大統領候補のディベートが放映された。「嫌われ」候補の2人だが、今回は第3候補のリバタリアン党やグリーン党は支持率をほとんど伸ばせず、15%を下回ったため参加できず。

結果は、特に視聴者の期待を大きく裏切ることもなければ、既に支持者を決めている有権者の意見がひっくり返るようなものでもなかった。フォックスTV局を始めとする保守派のメディアはトランプ陣営が勝利したといい、その他はやはりクリントンが周到な準備をして強さを見せつけたと受け止めた。

ディベートの問題点は、壇上で候補者が事実誤認、嘘、虚言、出鱈目を言ってもその場で修正したり、事実を指摘したりする能力のある司会者が稀なことだ。今回、司会を務めたレスリー・ホルトはNBC局のベテランニュースアンカーで、どこまで候補者の発言内容の正誤を指摘できるかが注目されていた。結果的に虚言癖の多いトランプに不利だった。彼がキャンペーンで主張してきた嘘で論点となったのは以下のとおりだ。

トランプの納税記録公開

1)  監査中なので今は公開できない(できることを米税務局が確認済みで、ニクソン大統領は監査中にもかかわらず公開した)

2) ヒラリーが削除した私的メールを公開したら公開する(ヒラリーは既にFBIに削除分も手渡し、それをFBIが機密事項が含まれていないことを確認しながら順次公開している)

3) 公開できないのは、脱税している、海外からの違法な金を受け取っている、実は自分で言うほど資産がないからでは?とクリントンに突っ込まれ、「納税していないとしたら、それは私が賢いからだ」と自分で化けの皮をはがした。

 

オバマ大統領がアメリカ市民ではないという「バーサリズム」(注1)を主張

1) 自分が「オバマ大統領はアメリカ生まれである」と先日宣言し、この問題は収束した。

2) 自分が疑惑を追及したからこそオバマは出生届を公開したのであって、これは自分の手柄だ。

 

アメリカは今テロと犯罪でかつてないひどい状況にあるという主

1) 国民の安全のためには、法と秩序を徹底するべきで、そのためには警察が「ストップ&フリスク(注2)」制度を徹底させないといけない。(ニューヨークの地方裁判所で既に「ストップ&フリスク」は人種差別行為にあたるので憲法違反であり、その間、ニューヨーク市で犯罪率が減ったという統計はなく、犯罪率低下には無益との結論が出ている)

 

イラク戦争に反対していたという主張

1) ラジオのDJに「(イラン戦争は)まぁしょうがないんじゃないの?」と2002年に発言しているにもかかわらず、あくまでもずっと反対していたと主張。

一方で、予想通り、国務長官時代に私設サーバで私的メールをやり取りしていたことを追求されたクリントンは、端的に「私は過ちを犯した。もう2度と繰り返すことはない」と真っ向からこれを受け止め、トランプを黙らせた。

クリントンは終始笑顔で、時にはジョークを交えて余裕のあるディベートぶりを披露したのに対し、トランプは相手が発言している時も顔をしかめたり、口を挟んだり、そして体調が悪かったのかずっと鼻をすすりながら、答弁を二転三転させた。

唯一、トランプに有利なトピックは貿易問題だが、不動産業に従事していた1980年代の印象で日本のことを語っているようだ。つまり、国内の製造業が国際競争に負けるのはアジア圏の国が安く輸出してくるのに、自分たちは輸入品に高い関税をかけていることが気にくわないらしく、自分ならもっとアメリカに有利な貿易協定を結べると主張する。製造業ではなく為替操作のことにでも突っ込めればもっと有利なディベートができようが、そこまで勉強する気は無いようだ。TPP問題に至っては、国民の7割がこれを知らず、トランプもTPPの加盟国に中国が含まれていると誤認している可能性がある。

視聴者数が1億人にも達すると言われる番組で、トランプは他にも日本は米軍に頼らず軍事費を払え、中国は北朝鮮に踏み込め、NATO(北大西洋条約機構)もアメリカの軍やカネを頼るな、と国外の視聴者を震え上がらせるようなことまで口にした。

この発言に答えるように、クリントンはカメラをまっすぐに見つめ、「いいえ、アメリカはアジアやヨーロッパとの協定はこれからもしっかり守ります」と元国務長官らしい気遣いを見せた。

大統領選挙のディベートは、最後の最後まで選挙に興味を示してこなかった浮動票に訴えかけるように周到に準備・練習するものだが、トランプが選挙活動を中止してディベートの準備をしていただろう、とクリントンを揶揄した時、彼女が答えたこの一言が効いた。「彼はどうやら私がこのディベートの下準備をしていたことを批判されたようですね。そうです、準備しました。他にも準備していることがあります。大統領になる準備です。それが良いことだと思っています」

次のディベートは10月10日に予定されている。

 

注1)バーサリズム(Birtherism)

オバマ大統領はアメリカ生まれでなく、大統領として不適格だとする運動

注2)ストップアンドフリスク(stop and frisk)

警官がなんの根拠もなく市民に対し職務質問や身体検査をすること


この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント

日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。

大原ケイ

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