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.国際  投稿日:2020/4/18

トランプ“目の敵”人物図鑑 その1 テドロスWHO事務局長


大原ケイ(英語版権エージェント)

「アメリカ本音通信」

【まとめ】

・「中国寄り」との理由でトランプ氏がWHOへの資金拠出停止を表明。

・下院で多数を占める民主党が停止に反対。恐らく実現しないだろう。

・拠出停止表明は、再選に向けて愛国心煽る「中国とのバトルごっこ」。

 

アメリカのドナルド・トランプ大統領は14日の定例記者会見で世界保健機関(WHO)への資金拠出を停止すると息巻いて海外ニュースにもとりあげられたが、これは2016年の就任直後から何度も繰り返されている中国との「バトルごっこ」の最新事例に過ぎない。

▲写真 記者会見するトランプ大統領。WHOへの拠出金停止を表明した。(2020年4月14日 ホワイトハウス)出典: flickr; The White House (Public domain)

「ごっこ」というのは、もちろんトランプは本気で中国と経済や軍事で真っ向から一戦を交えるつもりはない。中国で安く生産された輸入品が入ってこなければアメリカ人は明日から何もできなくなってしまうほど(約5000億ドル)依存している。かつてトランプ自身が自慢げに売り込んでいたトランプブランドのネクタイも、熱狂的な支持者が被る赤い「MAGAハット」(トランプのスローガンMake America Great Againと機械刺繍されている)もメイド・イン・チャイナなのだ。

▲写真 MAGAキャップ。中国製品も多いという。写真のものが中国製かは不明。 出典: flickr; r. nial bradshaw

終わりが見えない米中の貿易戦争で、中国産商品に課せられた「タリフ」と呼ばれる関税を支払うのはアメリカ国民なのだが、トランプは頑なにタリフによって中国にツケを払わせているのだと言い張り、共和党御用達のフォックスTV局でさえ、関税は輸入品を買う消費者が支払うものだと解説しても、トランプは再選へのラリーでゼノフォビア(xenophobia:外国人嫌悪)に凝り固まった支持者に「中国にタリフをかけてやった」と息巻いている。とりあえず中国を叩いて見せれば、星条旗に向けられた無知なる愛国心を煽り立てることができるからだ。

新型コロナウイルス(Covid-19)がアメリカでも広がり始めた3月後半も、まるでウイルスさえ中国からの輸入品だと言わんばかりに、トランプ大統領はこれを「チャイニーズ・ウイルス」と呼び続けた。

3月初旬にアメリカでも新型コロナウイルス感染者が出始めた頃は「そのうち気候が暖かくなれば、消えていく」とその感染力を完全に見くびっていたトランプだが、4月15日時点で確認された感染者は67万人、死者は3万4000人と世界トップに躍り出た。初動が遅れ、今も連邦全体での封鎖命令もなければPCR検査数も人口の1%にも満たず、記者会見でも毎回自らの責任を全て棚上げしてスケープゴートの発掘に忙しい。

そんなトランプの最新の標的はWHOのテドロス事務局長のようだ。WHOの年間予算の約15%に当たる4億ドルの資金拠出停止の理由として、「極端に中国より」「中立的な情報提供をしなかった」などを挙げている。テドロス事務局長の前職は祖国エチオピアの保健で、中国の推薦もあってWHO事務局長に就任した。そしてエチオピアといえば中国からの直接投資(FDI)が全体の6割を占めるほどで、ずぶずぶの関係なのは否定できないだろう。

▲写真 テドロスWHO事務局長(左)と中国の習近平国家主席(右)(2020年1月28日 北京)出典: Tedros Adhanom Ghebreyesus facebook

中国湖北省の武漢市を中心に最初にCovid-19が広がりをみせた時、WHOは中国政府の対応を手放しで称賛したのは事実だ。感染封じ込めに成功している台湾で、WHOの代表者がTVインタビューに応じ、「一つの中国」政策を支持するかのように台湾(だけ)についての質問を無視したことに端を発したSNSからの攻撃に、テドロス事務局長がわざわざ「個人的に人種差別的な攻撃を受けている」と非難したことも大人気ない。

だが、既にトランプの拠出資金停止発言も大人気ないと批判されている。Covid-19対策として唯一トランプが素早く取り組んだのは1月末に中国からの渡航を禁止したことぐらいだが、これも国内のトランプ支持者に向けた「中国叩きポーズ」の一つで、結局その政策もヨーロッパからの渡航を制限しなかったために何の効力もなかった。

世界規模のパンデミックが広がりをみせる中、資金を凍結するという非人道的な措置だが、おそらく実現はしない。三権分立のアメリカでは、大統領ひとりの権限で金の流れを好き勝手に止めることはできないからだ。既に米国会のナンシー・ペローシ下院議長は、これを「違法であり、断固阻止する」と明言している。トランプは「この2〜3か月でWHOの調査をする」と発言したが、その間に決行しない言い訳を出してくるはずだ。

▲写真 ナンシー・ペローシ下院議長(2019年6月1日)出典: flickr; Gage Skidmore

だがトランプお得意の「気に入らない組織を攻撃するために、自分のものでもないカネを出すのをやめる」というのは既視感がある。自分の再選への協力と引き換えに、ウクライナへの軍事援助を打ち切ろうとして弾劾裁判になったのではなかったか。

トップ写真:テドロスWHO事務局長(2020年3月20日)出典:Tedros Adhanom Ghebreyesus facebook


この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント

日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。

大原ケイ

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