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.社会  投稿日:2016/12/28

【大予測:医療報道】「子宮頸がんワクチン問題」報道に転機


村中璃子(医師・ジャーナリスト)

「子宮頸がんワクチン非接種でも『副作用』同症状」

1面にこの見出しで報じた読売新聞をはじめ、12月26日の夕刊で各紙が報じたのは、子宮頸がんワクチン副反応に関する厚生労働省研究班(主任研究者は大阪大学・祖父江友孝教授、以下「祖父江班」)が行った全国疫学調査の結果だ。

疼痛、運動障害、学習障害など子宮頸がんワクチンとの因果関係を疑うとされる症状について調べたところ、12歳~18歳で症状があった女性365人のうち、接種者は103人、非接種者は110人。ワクチン接種者の有症状率は10万人当たり40.3人、未接種者(接種歴不明も含む)は46.2人となった。

新聞ごとにトーンの濃淡はある。しかし、数字の一部をとって「ワクチン接種者に症状が多かった」と書いた新聞はなさそうだ。これは、2015年9月17日の副反応検討部会では、大半のメディアが「1割が未回復」と見出しに謳ったことを考えると隔世の感がある。

厚労省はあの日、子宮頸がんワクチンを接種した人は約338万人。そのうち、副反応の疑いがあったが回復したことが確認できているのは1739名、逆に、症状が残っている患者は186名であると発表した[i]。普通に計算すれば、未回復者の割合は「338万分の186」、すなわち「約0・005%」である。しかし、当時メディアは、発表者の井上結核感染症課長が「追跡できた人の9割は治っている」と発言したのをとって、未回復率を「1739分の186」と計算。「1割は治っていない」と謳った。部会の行われた前日の9月16日には、子宮頸がんワクチン患者の「救済(厳密な因果関係を問わずに手を差し伸べること)」が始まったこともあり、世間は政府が薬害を認めたのだと誤解を深めた。

今回の祖父江班発表でも同様の報道があふれる懸念はあった。ワクチン政策決定の主体である厚労省の発表は、いつも驚くほど曖昧だからだ。ウェブサイトに公開された分厚い資料[ii]の20ページには「結論」として以下のような2項目が示されている。

①ワクチン接種歴のない人にも、子宮頚がんワクチン接種後に報告されている症状と同様の「多様な症状」を呈する人が一定数存在した。

②本調査では子宮頸がんワクチン接種と接種後に生じた症状との因果関係は分からない。

注意してほしいのは、実際の結論は①だけであることだ。②は結論ではなく、調査開始前から分かっていた「調査デザイン上の限界」である。

厚労省は祖父江班を立ち上げる以前から、牛田享宏・愛知医科大学医学部学際的痛みセンター教授と池田修一・信州大学第三内科(脳神経内科)教授を主任研究者に指定して、子宮頸がんワクチンの副反応の研究を行わせてきた。2班のひとつ、牛田教授らのグループも、子宮頸がんワクチン導入以前から原因不明の長引く痛みやけいれん症状、歩行障害などを訴える子供が多数いることを何度も紹介しているが、メディアは注目しなかったにすぎない。

ところが、厚労省は2班に加えて、全国規模の新たな疫学調査が必要だと判断。祖父江班を立ち上げ、祖父江班の結果をもって接種再開の判断をすると言い続けてきた。今回の発表がメディアの注目を獲得し、正確な報道がなされたという点については高く評価するが、もし厚労省が、「結論」②の「子宮頸がんワクチンとの因果関係は分からないこと」をもって接種再開の判断をまだ留保するというのであれば、祖父江班を立ち上げ、長引く子宮頸がんワクチン問題に更なる時間と国費を投じた理由を明らかにする必要がある。

厚労省は今後、年齢、発症までの時間、受診した診療科の別などに関する追加解析を行って数か月のうちにまとめるとしている。しかし、祖父江班の調査がそもそも因果関係を見るデザインにはなっていない以上、これから何年かけたところで「ワクチン未接種者にも症状があった」という今ある結論を上回る新しいことが言える可能性は低い。

ちなみに、3つの子宮頸がんワクチン副反応研究班のうち残る1班の池田班は、子宮頸がんワクチンを打って「脳障害」を起こした少女に共通の遺伝子型があるといった発表や、子宮頸がんワクチンを接種したマウスの脳だけに異常が見られたと言った発表を行ったが、筆者の指摘によりいずれも虚偽であることが判明。厚労省は同班の発表に関し、2度にわたる異例の厳しい見解を発表している[iii]。

全国規模の調査ではないが、名古屋市も昨年、市内に住む若い女性約7万人を対象とし、子宮頸がんワクチンと症状との因果関係を見ることのできるデザインをもった疫学調査を実施し、子宮頸がんワクチンとの因果関係を疑うとされてきた24症状と子宮頸がんワクチンとの間に「薬害」と呼べるような因果関係が無いことを示した[iv]。

子宮頸がんワクチンは、現在、世界約130ヶ国で承認され、約75ヶ国で定期接種となっている。日本でも2013年4月に定期接種化されたが、薬害を疑う声を受けた政府は、早くも6月には「積極的接種勧奨の停止」という政策決定を行っている。以来、わが国の子宮頸がんワクチンは事実上の接種停止状態だ。海外だけでなく国内でも子宮頸がんワクチンの安全性に関するデータが蓄積する中、なぜ日本政府だけが接種勧奨に関する決断を何年も保留し、守れる病気から国民を守るという世界の常識に抗い続けるのだろうか。

新聞は両論併記を原則とする。報道は自由で、科学ではなく感覚を重視した主張を併記してもよいとは思う。実際、日本政府とワクチン製造企業2社を相手どって子宮頸がんワクチンによる損害賠償請求訴訟を起こしている原告団が結果の無効性を訴えた会見について、翌27日の朝刊でわざわざ取り上げた新聞も多かった。

しかし、メディアは両論併記の狭い枠からもっと自由であってもよい。これからは、メディアの責任で適切な専門家を選択して踏み込んだ評価を仰ぐことや、既存のデータを十分に活用せず、政策決定につながらない調査や歪曲したデータを発表する研究に税金を投じるばかりで、国民を病気から守るという重要な公衆衛生政策を怠る日本政府の責任を追及するなど、より広い社会的見地に立った報道を期待したい。

 

[i]

平成27 年9 月17 日第15回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成27年度第4回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会資料

資料4-1 副反応追跡調査結果について (出典:厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000097681.pdf

[ii]

全国疫学調査『青少年における「疼痛または運動障害を中心とする多様な症状」の受療状況に関する全国疫学調査』

「子宮頸がんワクチンの有効性と安全性の評価に関する疫学研究」班

研究代表者 祖父江友孝(大阪大学大学院医学系研究科教授)(出典:厚生労働省

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000147016.pdf

[iii]

〇Wedge infinity

「利用される日本の科学報道」(続篇参照)

[iv]

〇Wedge infinity 

「“因果関係確認できず”名古屋市の子宮頸がんワクチン調査とメディアの曲解」

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5756

〇Wedge infinity 

正しくは「速報と変わらず因果関係なし」名古屋市子宮頸がんワクチン副反応疫学調査「事実上撤回」の真相

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7148

〇デイリー新潮 

因果関係に「科学的根拠なし」の結果はなぜ隠されたのか――子宮頸がんワクチン副反応問題

http://www.dailyshincho.jp/article/2016/11280630/?all=1


この記事を書いた人
村中璃子医師・ジャーナリスト

一橋大学出身、社会学修士。北海道大学医学部卒。都立高校中退。WHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局の新興・再興感染症チーム等を経て、現在、医療問題を中心に幅広く執筆中。2014年に流行したエボラ出血熱に関するウェブ記事 は、読売新聞「回顧論壇2014」で論考三選の一本に。

村中璃子

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