HPVワクチン名誉棄損訴訟判決 被害者は誰だ?
【まとめ】
・HPVワクチン名誉棄損訴訟判決で、被告側敗訴。
・守る会、科学的言論が萎縮することに懸念表明。
・村中璃子氏、公共性と科学を無視した判決だとコメント。
本日3月26日、東京高裁において、「HPVワクチン名誉毀損訴訟」が第一審判決を迎えた。
裁判概要
元信州大学医学部長・厚生労働科学研究班の主任研究者、池田修一氏が、医師・ジャーナリストの村中璃子氏、村中氏の記事を掲載した月刊誌Wedgeの元編集長の大江紀洋氏、株式会社ウェッジを名誉毀損で訴えた裁判である。
2016 年 3 月 16 日、池田修一氏が、「子宮頸がんワクチンを打ったマウスだけに脳に異常な抗体が沈着して、海馬の機能を障害していそうだ」「明らかに脳に障害が起こっている。ワクチンを打った後、こういう脳障害を訴えている患者の共通した客観的所見が提示できている」と説明する映像が TBS「NEWS23」で全国放送された。これに対し村中璃子氏は、月刊誌Wedgeに「子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造」と題した記事を寄稿。関連記事も合わせて、池田氏の発表を「捏造」だと主張した。対して池田氏は、意図的な不正はしていないと主張し、約1100万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求めて提訴。村中氏は、スラップ訴訟だとして反訴していた。
研究発表そのものについては、厚労省が「国民の皆様の誤解を招いた池田氏の社会的責任は大きく遺憾」と発表。また信州大が設けた外部有識者による調査委員会も「混乱を招いたことについて猛省を求める」などと報告している。また、再現実験・修正の要請もなされたが、池田氏は学会や論文など科学の場での反論、再現実験などを行っていない模様だ。
判決
男澤聡子裁判長は、村中璃子氏、大江紀洋氏、ウェッジに対し、330万円の支払いを命じた。また、ウェッジに対しては、記事の一部削除と謝罪広告の掲載を命じた。判決の根拠として、村中氏が指摘した、池田氏が研究成果を「捏造」した事実は認められないとした。村中氏側は、実験担当者や専門家への取材に基づいていると主張したが、取材は不十分だったと判断された。
判決後の記者会見で池田氏は、原告側の主張を認めたものであると評価した上で、「ワクチン接種への賛否には関与しておらず、ひとえに、ワクチン接種後の有害事象について原因を追究したいという思いだった。」と述べた。また、「『不正』『捏造』という言葉は、研究者生命を絶つようなものだ。」と今回の訴訟に対する思いを訴えた。
一方記者会見で、TBSの報道に対して池田氏側が抗議などの行動を起こしてないことについて質問が出たが、それに対して池田氏側の弁護士は、メディアや視聴者が疑問に思ったなら、その人たちが聞けばいい事では、と回答した。
会見:被告側
村中氏を支援する「守れる命を守る会」(以下、守る会)が主催する会見が厚生労働省で開かれ、判決に対する見解を表明した。守る会は科学的な言論を支援し、科学的な言論活動に対する誹謗、中傷、訴訟等を受けた者を支援する団体。会見には、産婦人科医・守る会代表石渡勇氏、弁護士・村中璃子氏代理人藤本英二氏、ジャーナリスト・Japan In-depth編集長安倍宏行が出席、石渡代表が守る会と村中璃子氏の見解を読み上げた。
「科学的言論を封じる名誉棄損訴訟判決に対する見解」概要
・同裁判は、科学の問題を名誉棄損の問題にすり替え、司法を悪用して科学不正を隠蔽し、科学的言論を封じるもの。
・同判決に関わらず、子宮頸がんワクチンの安全性は確立しており、池田氏の発表は捏造である。
・子宮頸がん(HPV)ワクチン問題をはじめ、科学的な言論活動により、科学的に正しい情報を広く提供していくことは、国民の健康と命を守ることに他ならない。
・メディアに、国民に正しいメッセージを届けることを強く望む。
村中璃子氏のコメント概要
1.公共性と科学を無視した判決
2.池田氏の研究発表は多くの日本人女性の命と健康に与えた被害は甚大
3.メディアに、社会正義と公共性に基づく報道を強く望む
石渡氏はさらに、HPVが子宮頸がんのみならず、男性の陰茎がん、肛門がん、直腸がん、中咽頭がんなどの原因になっていると述べ、女性のみならず男性にとってもHPVワクチン接種は重要との考えを示した。また、「HPVワクチンの安全性が確立している」ことは、WHOや、ノーベル医学生理学賞者・本庶佑医師、日本医師会会長・横倉義武氏も、支持していると述べた。池田氏の研究発表を「捏造」とする村中氏の主張についても、多くの医師から、支持する声明が寄せられた。
最後に石渡代表は、「安全性が確立しているのにも関わらず、正確な情報を得られないためにワクチンを受けられず、命が失われることは、あってはならない。厚労省、関係省庁への働きかけを続けていく。公共性のある科学的な主張が司法に評価されなかったことは残念だ。自由闊達な意見交換ができなくなることを懸念している。」と述べた。
また安倍氏は、「今回の判決は、HPV予防ワクチン接種の積極的勧奨の一時見合わせを容認したものではない。現状で被害者は、ワクチンを子供に接種しないと決めた親とその子供さんで、子宮頸がんを発症した方だ。今回の訴訟は科学的言論に対する挑戦である。メディアは国民の健康を守るためにどうしたらいいのかを考え、公平公正な報道を行うことを強く求める。」と述べた。
会見に参加した記者からは、被告側の「HPVワクチンの安全性の主張」と裁判の「捏造の断定は当たらない」という判決がかみ合っていない、との指摘があった。また、海外紙の記者からは今回の判決がHPVワクチン反対派に利用されることへの懸念も述べられた。
なお、控訴について守る会は検討中だとしている。
「守れる命を守る会」公式HP
トップ写真:記者会見に臨む「守れる命を守る会」代表石渡勇氏ら 出典:©Japan In-depth編集部