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.国際  投稿日:2018/8/13

タイ軍政の中国ご機嫌取りに国民激怒


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

タイ、主要国際空港に「中国人専用入国審査レーン」設置。

・背景にタイ経済の中国政府援助と中国人観光客の消費への依存。

・タイ国民はマナーの悪い中国人観光客に嫌中感情を高めている。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41525でお読みください。】

 

東南アジアの優等生とかつて言われたタイが、中国企業の進出、投資、多数の中国人観光客の訪タイなどで中国との関係を年々深化させている。しかし、民間レベルでは中国企業、中国人のタイへのなりふり構わぬ自国流儀の持ち込み、そして尊大、傲慢な振る舞いに「中国嫌い」が着実に進行する事態となっている。

そうした国民感情とは裏腹に政権を掌握する軍政は中国依存の姿勢から脱却することができないばかりか、さらに一層中国頼みが顕著になりつつあり、特に観光面で「中国優遇」政策を取り始めている。

国際社会や東南アジア諸国連合(ASEAN)の中ではいまや独裁的手法のドゥテルテ大統領率いるフィリピン、中国の「属国化」となり果てた強権独裁者フン・セン首相のカンボジアと並んでクーデターで政権を掌握した軍政が支配するタイは「異質のお荷物国家」になり果てようとしている。

中国は習近平政権が進める自らに好都合な構想「一帯一路」を実現させるためにタイとの関係強化を図りながらも、欧米などの国際社会が求める「早期の民主的選挙の実施」に拘泥することもなく、経済協力の名の下インフラ整備に惜しげもなく援助を続けている。

タイ軍政にとっては注文や文句を言わずに援助してくれる中国との関係は、自らの政権基盤の安定という面からも好都合で、タイ・中国両国の利害は一致、ますます中国寄りが鮮明になりつつある。

 

■ 中国人専用レーン設置、空港の入管

タイ移民局とタイ観光警察局は8月3日から国内の主要国際空港の入国管理審査所に中国人専用レーンを設置、運用を始めた。

▲写真 「中国人専用入国審査レーン」で審査を受ける中国人 出典:Tourist Police Bereau

首都バンコクの玄関口であるスワンナプーム国際空港には18レーン、ドンムアン空港には21レーンの「中国人専用入国審査レーン」が設けられ、中国語ができる係官が配置され、タイを訪れる中国人の個人、団体旅行者に特別な便宜を図ることになった。

このほかにチェンマイ空港8レーン、プーケット空港18レーン、ハジャイ空港10レーンと国内5空港に専用レーンは設置され、中国が「中国の一部」と主張する香港や台湾のパスポート所持者も同専用レーンを利用することが可能という。

タイ入管当局は「タイにとって最も重要な訪問客である中国からの観光客に対する私たちの親切と親愛の情を表すものである」と専用レーン設置の理由を説明している。

 

■ 専用レーンの背景にプーケットの事故

こうした「特別待遇」の背景には、7月5日に国際的な観光地プーケットの沖で中国人観光客を乗せた観光遊覧船が転覆し、中国人47人が死亡した事故がその一因となっているという。

この転覆事故ではタイ人名義で実質中国人が経営するという旅行会社のツアーで、出港当時に気象状況が悪いため出した警告を無視して事故に遭ったことなどから、タイのプラウィット副首相が「中国人が連れてきた中国人が亡くなった事故であり、気象警報無視が原因だ」と突き放したような発言した。

これに対し中国メディアが「無責任極まりないタイ政府の姿勢だ」「少なくとも事故原因の究明だけはきちんとやるべきだ」と猛反発が起きた。

この時期にはタイ北部で大雨のため洞窟内に取り残された少年サッカーチームの少年らの救出が国際的にも大きな注目を集め、遊覧船事故の中国人行方不明者の捜索にタイの全力姿勢が感じられない、と中国から捜索隊が派遣される事態になっていた。

こうした状況からプーケットでは事故後中国人観光客が19ホテルの7300室をキャンセルする事態に発展した。

「中国人観光客がいなくなり、ビーチは本来の静けさを取り戻した」と地元では歓迎する空気が生まれた一方で、観光業に依存するプーケットはキャンセルなどによる損害が700万バーツ(約2310万円)と深刻化、なんらかの対策を政府に求める観光業界の動きも始まっていた。(参照記事「タイで増える“嫌中” 中国は意趣返し?

 

■ 冷めた民間の対中国人感情

中国人観光客が激減したプーケットの様子を歓迎する声があったように、一般のタイ国民の中国人観光客、特に団体観光ツアー参加者への評判は相変わらず最悪だ。

所かまわぬ唾棄、痰吐き、立ち小便、喫煙に始まり列への割り込み、大声の会話、放歌高吟、ホテル備品の持ち去り、食べ放題レストランでの大量の食べ残し、公共建造物などへの落書と悪態は枚挙にいとまがない。さらに最近は無免許運転による事故、偽造旅券の使用とマナー違反、犯罪が多発している。タイ北部の仏教寺院の中には「中国人観光客立ち入り禁止」の看板を抱えたところもあるほどだ。

▲写真 タイの寺院 ワット・ロンクン、2015年2月に一時中国人の拝観を禁止、3月には中国人向けトイレを設置した。 出典:Pixabay Photo by GusbellSStudio

こうした中国人観光客に対するタイ国民の冷めたそして批判的な見方が広がる一方で、タイ軍政は中国に気を使った政策を続けているのが今のタイの実情といえる。

 

■ 中国人観光客年間1千万人を目指す

2017年にタイを訪れた中国人観光客は980万5753人(前年比12%増)で第1位となっており、海外からの観光客の約28%を占めている。さらに中国人がタイで支出した金額は5245億バーツ(約1兆7800億円:1バーツ=約3.4円)で、大きな経済効果を生んでいるのも事実だ。(出典:JETRO

▲写真 タイ・プーケット島にあるマリオットビーチリゾート 出典:Pixabay Photo by Mariamichelle

そのためプラウィット副首相は中国側の思わぬ反発に慌てて「中国人に不快な思いを与えたのであれば謝罪したい」と先の発言を訂正謝罪と態度を変化させ、軍政のプラユット首相もプーケットを訪れて遊覧船事故で負傷した中国人観光客を見舞い、犠牲者に対しては1人100万バーツの補償金を支払うことを表明するなど関係修復に躍起となった。

▲写真 プラユット・チャンオチャ首相 出典:Photo by Malacañang Photo Bureau – Presidential Communications Operations Office

その上で中国人観光客のタイ誘致を復活させ、さらに増加させようと今回の「中国人専用レーン設置」を決めた。このほかにも中国人に対するマルチビザ発給の検討を始めるなどタイ政府は中国に気を使っており、地元記者などからは「まるでご機嫌取りのようだ」との批判もでている。タイ軍政はそんな声も無視して、今年の中国人観光客の訪タイ総数を1000万人超に設定して、あの手この手の誘致に必死となっている。

トップ画像:スワンナプーム空港に設置された「中国人専用入国審査レーン」 出典 Tourist Police Bereau


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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