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.国際  投稿日:2023/11/6

中国の一帯一路政策は人権侵害を助長 タイNGOがミャンマー北部の実情報告


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・中国の「一帯一路」構想、融資を受けた国は「債務の罠」に陥る危険性がある。

・「タイ・カチン女性協会」、『一帯一路』構想が国軍による住民への人権侵害や残虐行為を助長」との報告書公表。

・軍政の最大の後ろ盾中国の責任を問う今回の報告は意味深い。

 

中国の習近平国家主席が唱える独自の経済圏構想である「一帯一路」は巨額の融資や大規模インフラ整備などで東南アジア、南西アジア各国に中国との関係を深める一方で、融資の返済が困難になり、港湾施設の99年間の使用権利を奪われたスリランカのような「債務の罠」に陥る危険性をはらんでいる。

こうした中、習近平国家主席は10月17日から18日に北京で「一帯一路フォーラム」を開催し約130カ国が参加したが、首相らの元首級の参加は約30カ国に留まったという。

ロシアのプーチン大統領も参加し習近平国家主席との会談に臨んだ。プーチン大統領は2022年2月のウクライナ軍事侵攻以来初の外国訪問となった。

「一帯一路フォーラム」では中国側がこれまでの支援の「量から質への転換方針」が示され、参加国は中国の今後の経済支援への依存や忖度から協調姿勢を示したものとみられる。

これまで一帯一路について負の面はスリランカの例などごくまれにしか報じられることはなかった。

しかしこのほどタイのNGOが「一帯一路」の方針が内戦状態にあるミャンマー北部で人権侵害を助長しているとの報告を発表し、注目を集めている。

★一帯一路が国軍の人権侵害を助長

1999年に創設されタイに拠点を置くNGO(非政府組織)の「タイ・カチン女性協会(KWAT」は10月、「ミャンマー北部での中国の『一帯一路』構想が国軍による住民への人権侵害や残虐行為を助長している」との報告書をまとめ、公表した。

それによると北部カチン州や北東部シャン州で進む道路建設や道路整備は「一帯一路」構想に基づく事業として中国企業やミャンマーの国軍系企業によって進められているが、これが国軍部隊や兵器輸送の迅速で効率的な移動に貢献しているというのだ。

ミャンマー国軍は全土で武装市民組織「国民防衛軍(PDF)」や少数民族武装勢力の武装抵抗に遭っており、治安回復が困難な状況から実質的な内戦状態にあるとされている。

こうした治安問題に関する国軍の焦りを背景に各地で軍兵士らによる抵抗勢力のみならず一般市民に対する人権侵害事案、残虐行為が2022年半ば以降急激に増加していると指摘されている。

兵士による女性や少女に対して暴力特に性暴力、レイプをした上で殺害するケースの増加ともに一般住民の家屋への放火、焼殺、銃殺事案人、間の盾としての利用も増加しているといわれている。

とくに周辺住民や抵抗勢力への見せしめとして斬首遺体を放置して抵抗意欲の低下を狙う作戦も実行されているといわれている。

★道路拠点を巡る争いが悲劇招く

KWATは中国による「一帯一路」構想に基づくミャンマー国内で道路建設、整備が住民へ人権侵害事案を引き起こした例として、2022年10月に起きたカチン州パカンでの国軍戦闘機によるコンサート会場への空爆を挙げている。

カチン州の少数民族武装勢力で、国軍と対決していた「カチン独立軍(KIA)」が住民を招待して開催していたコンサート会場が空爆され、著名なカチン族の歌手を含む170人が死傷した。

この空爆の前日に国軍は周辺地域で最も高度があり、戦略拠点としてKIAが制圧していた道路を奪還しようとする作戦を実行し、失敗していたという。

この作戦失敗の報復措置としてコンサート会場への空爆が実行されたとKWATはみており、問題となった道路の拠点整備に関わった中国が間接的に国軍による空爆という人権侵害事件を引き起こしたと分析しているのだ。

KWATによるとカチン州とシャン州北部で2022年5月から2023年7月の間に実施された国軍の空爆による民間人の死傷者は約200人に達し、子供11人を含む61人が死亡している。

また同時期に軍政によって不当に逮捕され身柄を拘束されている民間人は441人に上っているとしている。

★中国に投資、インフラ整備中止要請

こうした中、KWATは中国に対して「人権が軍事政権によって軽視されている地域への投資拡大は国軍による人権侵害や残虐行為を加速させる懸念がある」として「人権問題がなんらかの解決をみるまで『一帯一路』構想によるミャンマーへインフラ整備、経済投資の拡大を一時中断するべきだ」と中国に求めている。

同時に国際社会に対し軍政による人権侵害事案への非難の声を一層高く上げ、経済制裁などを強化して軍政に圧力をかけることを求めている。

ウクライナへのロシアの軍事侵攻やパレスチナ過激派ハマスによるイスラエル侵入に端を発したイスラエル軍のガザ地区への空爆、地上戦闘などのニュースが連日報じられる中で、ミャンマー問題は忘れられようとしている現状で、軍政の最大の後ろ盾である中国の責任を問う今回のKWATによる報告発表は意味深いものといえよう。

トップ写真:中国・北京で開催される第3回「一帯一路」フォーラムに出席するため北京首都国際空港に到着したロシアのプーチン大統領(中国・北京 2023年10月17日)出典:Parker Song/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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