シンガポール、インドネシアで政権交代へ 変革と混乱【2024年を占う!】国際:東南アジア
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・シンガポール、インドネシアで政権交代へ。ベトナムの経済成長見通しは下方修正。
・南シナ海での各国と中国との領有権争い続く。米の関与で中国の行動に影響か。
・ミャンマーで少数民族武装勢力と民主派組織が共闘し大規模反攻。国軍最高司令官の中国亡命の可能性も。
■ シンガポール 20年の長期政権が終幕
シンガポールのリー・シェンロン首相が、2025年の総選挙の前に退陣し、来年末にローレンス・ウォン副首相に政権を譲る意向を明らかにした。
リー首相は「すべてがうまくいけば、私は2024年11月の人民行動党(PAP)70周年記念日までにバトンを渡す」「私はローレンスと彼のチームに全幅の信頼を置いており、政治的移行を遅らせる理由はない」と語り、昨年、自身で後継者に指名したウォン副首相に政権を任せることを改めて表明した。
リー首相(71歳)は当初、70歳になる前に引退するつもりだったが、新型コロナウイルス感染症の大流行により引退は先送りされていた。その新型コロナウイルス感染症の大流行との闘いの調整役として脚光を浴びたウォン副首相が、1965年のシンガポール独立以来4人目の指導者となる。
リー氏は長年与党だったPAPの党首を務め、2004年からは首相を務めてきた。
「政権を引き継いだ後も、新首相が私が役に立つと思うことがあれば、私はいかなることもやります。彼が次の総選挙で勝利するために全力でサポートします」と、涙をこらえながらリー首相は付け加えた。
リー首相は、31年間の在任中に資源に乏しい都市国家を世界有数の富裕国に築き上げたシンガポール初代首相、リー・クアンユー氏の長男である。しかし、厳格な政府管理、メディア検閲、反体制派に対する圧政的な法律や民事訴訟の活用など、その政策を批判されることも多い。
■ インドネシア 大統領選3度目の悲願か
来年2月14日に予定されている大統領選挙で、ここまで2期10年務めてきたジョコ・ウィドド現大統領に代わる新たなリーダーが決まる。23年11月29日から12月4日にかけて行われたKompas R&D世論調査によると、プラボウォ・スビアント大統領候補とギブラン・ラカブミン・ラカ副大統領の選出可能性が39.3%でトップとなっている。
プラボウォ/ギブラン組は、カテゴリー別においてもほぼすべてで一番の支持率となっており、男性・女性、都市部・農村部、信仰宗教別有権者のいずれでも、他2候補の結果を上回っている。
大統領候補アニエス・バスウェダン大統領候補とムハイミン・イスカンダル副大統領候補組の支持率は16.7%、ガンジャール・プラノウォ大統領候補とマフッドM・D・副大統領候補の支持率は15.3%であった。当初は、ガンジャール/マフッド組に次ぐ2番手と目されていたプラボウォ/ギブラン組がここにきて大番狂わせの主役に躍り出る公算が大きくなっている。過去2回苦汁をなめたプラボウォ、三度目の正直となるか。
■ ベトナム 6%のGDP成長率予測
アジア開発銀行(ADB)によると、2024年のベトナムの国内総生産(GDP)成長率は6%と予想されている。
同行はまた、今年のベトナムの成長率見通しを従来の5.8%から5.2%に引き下げた。ADBの専門家は、予想を下回る外需の回復が産業とサービスの生産を阻害し、雇用と国内消費の回復の足を引っ張っていると指摘する。
さらに、エルニーニョの天候パターンやロシア・ウクライナ戦争による潜在的な供給障害も、特に食料とエネルギーに関してインフレを再燃させる可能性があると付け加えている。
果たして2024年のベトナム経済はどうなるか。東南アジアの優等生から目が離せない。
■ フィリピン 海上で続く国家間の睨みあい
中国との間で領有権を争っている南シナ海で、緊張状態が高まっている。
12月2日には、135隻以上の中国船がジュリアン・フェリペ礁周辺海域で確認され、フィリピン沿岸警備隊(PCG)が「憂慮すべき事態」とのコメントを出した。
しかしながら、その1週間後の9日には、中国海警局の船が食料や燃料を積んだフィリピン当局の船3隻に対し放水銃で進路を妨害するという暴挙にでた。
フィリピン側は「違法な攻撃行為を激しく非難する」と遺憾の意を表明したが、これに対し中国政府は、自国の海域に侵入した船舶に対し取締り措置を実施したとの立場を崩さず、平行線をたどっている。
中国は南シナ海の90%に対する領有権を主張しているが、その主張は公に認められていない。そんな中で相次ぐ南シナ海をめぐる争いには、親米のマルコス政権に応える形で米国も絡んでいる。フィリピン側に攻撃があった場合、アメリカはフィリピンを防衛すると中国に警告を発しており、中国としては背後の強国の影響も念頭に置いての行動を余儀なくされている。
マレーシアやベトナム、台湾なども南シナ海で領有権を主張している区域があり、24年も各国の思惑が入り乱れる海域となりそうだ。
■ ミャンマー 混乱続くミャンマー
10月27日、“オペレーション1027”(1027作戦)が開始された。少数民族武装勢力と民主派組織(NUG)が手を組み、大規模で計画された反撃だ。この攻撃により国軍側は300以上の国軍軍事基地、約20以上の町、ミャンマーと中国間の主要な貿易ルートを占拠された。国軍の兵士推定500人が降伏や基地を放棄した。さらに、白旗を掲げた国軍兵士は、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)から金を支給され、家族の元に戻ることを許されたとの報道もある。
国軍と反政府軍の戦闘激化から逃れるため、何万人もの住民が避難したが、一部の市民は身を守るために爆弾シェルターを掘って、家にいることを選んだ。
ミン・アウン・フラインは2021年に最高司令官としてクーデターを起こしたが、今回の“1027作戦”で窮地に追い込まれている。12月4日、国軍のミン・アウン・フライン最高司令官は首都ネピドーで行われた会議で反政府勢力との対話を要求した。
しかし、それは時間稼ぎのための口実にすぎない。彼は首都ネピドーや中心都市ヤンゴンの防備を固めるため国軍兵士を集めているとみられる。ミン・アウン・フライン最高司令官の思惑として、ヤンゴンにある中国大使館に亡命するか、中国政府の協力を得るべく水面下で交渉し、最終的にミャンマーを脱出、中国本土へ亡命する可能性がある。
ASEANのオブザーバーであった東ティモールが、2024年から正式にASEANのメンバー国となり、ASEANは11カ国体制となる。
東南アジアにとって2024年は変革と混乱の年になるだろう。
トップ写真:米・ASEAN特別首脳会議で記念撮影に臨む各国首脳(2022年5月12日 米・ホワイトハウス)出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。