[為末大]<記憶で考えている私達>「考える」という行為は全て記憶に頼っているのではないか
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
私達が「物事を見た」と言う時、厳密に言えばそれは「ほんの少し前に見たもの」が意識された瞬間の事だと思う。そういう意味では顕在的な私達はいつも記憶の世界を生きていて、現実のほんのわずか後ろの時間を生きているのではないか。
カクテル効果というものがあって、例えばパーティーで目の前の人との会話に夢中になっていて周囲の雑音が耳に入っていない時、自分の名前が出た瞬間、それに気づくというもの。つまり私達は聞こえたと意識されていないものも聞こえている。
後はリベットによって行われた実験で、「右腕を動かそうと脳が意識する事」と「右腕が動く事」のどちらが早いのかというもの。実際には意識するよりも早く右腕は動いてしまっていた。動いたものを、動かしたと後で脳が説明しているという仮説。
突き詰めると「考えるという行為」は全て記憶に頼らざるを得ないのだと思う。起きた事の理由を考え、説明しようとする。「考える事」は、つまり自分の体が勝手に起こしたものも含め、起きた現象を如何に理解するかという事なのではないか。
夢中の時間を私達は欲するのは、夢中の瞬間は体が外界の刺激に対して反応している状態で、その意味がどうであるとか、こうすべきとかそういうものが入りにくい状態なのではないか。いわば今で成り立っている瞬間をどこか体が欲しているのではないか。
ゾーンと言われるものをアスリートが体験すると、時間感覚の変化が起きる事が多い。自分がやったとは思えない、気がついたらバットを振っていた。考えるより早く体が動いている。むしろ考える事を薄めるから体が自然に動いている。
今を生きる事と無になる事が近いのは、考える事それそのものが記憶の解釈だからなのではないか。見えている 、聞こえている、と意識される前の世界に身を委ねる事を、私は夢中と呼ぶのだと思う。
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