<東日本大震災・被災企業リポート>被災地の日本酒「タクシードライバー」で話題の喜久盛酒造
安倍宏行(ジャーナリスト)
ロバート・デ・ニーロを模した男の顔のアップに、黄色と黒の市松模様の縁取り、そして真紅の手書き文字の「タクシードライバー」という有名映画にインスパイアされたタイトル。こんなポップなラベルの日本酒が東日本大震災の被災地で造られ、酒通の間で話題になっている 。
造っているのは岩手県北上市の喜久盛(キクザカリ)酒造。社長の藤村卓也氏(右写真)を含め、従業員わずか4名の小さな醸造所だ。東日本大震災、そしてその後の余震により醤油蔵1棟が全壊し、酒蔵も屋根が落ち、壁がはがれるなど大きな被害を受けた。
震災から3年経った今も修復の目処は立っていない。内陸で津波の被害がなかったことなどから、実態はほとんど報道されておらず、行政のサポートも驚くほど得られていないのが現状だ。知られざる「内陸の被災」の実態に迫る。
震災後、藤村氏には2つの選択肢があった。1つは、全壊した醤油蔵を撤去し、その場所に新たな酒蔵を設置すること。もう1つは半壊した酒蔵を修復して従来通りその場所で酒造りを続けること。
当初は外部の復興支援者の助言に従って前者を選択し、公的資金で蔵を解体する計画を立てたが、それを地元である北上市では受けてくれなかった。同じ内陸の被災地である仙台市では全て受けたというのにだ。
市役所に何度掛け合っても埒が明かず、仕方なく後者を選択して蔵の修理を地元の業者に相談したところ、100年以上前の建物に増改築を繰り返した複雑な構造なので、修復不可能といわれる。結果、半壊した酒蔵で営業を続けざるを得なかった。ようやく修復を請け負ってくれるという古民家専門の業者が見つかった頃には、震災から2年と数ヶ月が経過していた。
被災した岩手の酒造業者には国のグループ補助金制度が適用され、酒蔵の修復など、金額を問わず費用の4分の3が支給される制度があった。実際、それを使って酒蔵の修復を行った業者もあったが、喜久盛酒造は修復の目処が立たなかった事や、震災の被害で機械類も破損していたこともあり、早急に機器の購入をせねばならず、補助金はそれに充てるのみで終わってしまった。
グループ補助金は一度しか申請出来ない為、今後の資金調達は民間のファンドからの出資に頼らざるを得ず、現在、事業計画を作成している最中だ。震災から3年経つというのに、本格的な復興はスタートしたばかりなのだ。
藤村氏の希望の星は、前述の「タクシードライバー」だ。県内の販売が主で、県外への販路がほとんどなかったため、震災直後の被災地応援の波に乗り切れず、売り上げが伸びなかった。
しかし2011年夏ごろ、転機が訪れる。東京の地酒専門店の社長が「タクシードライバー」の味を高く評価し、卸してくれることが決まったのだ。2012年春、出来上がったばかりの新酒を東京で販売したところ評判を呼び、震災前の年間販売量がたった3カ月で完売した。注文は増え続けている。だが、生産量を増やしたくても現在の設備で受注に応えるのは難しい状況だ。
藤村氏は今後、薄利多売の酒の生産を抑え、「タクシードライバー」のような手間暇かけた高付加価値の酒の生産・販売を増やしていこうと考えている。明治時代から5代続く酒蔵で、「伝統の中でいかに新しいことができるか」を常に模索している藤村氏。そのためには増産体制を一刻も早く整える必要があるが、立ちはだかる規制など、クリアする課題は多い。行政の後押しが期待できない中、民間の様々な支援を受けながら、再生への道を一歩一歩進む藤村氏。その道のりは遠いが、彼の酒造りへの想いは少しも揺るがない。
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