[古森義久]<相手が弱いと攻勢に出る中国の海洋戦略>尖閣はベトナムが中国に強奪されたパラセル諸島に酷似
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
中国とベトナムがこの5月上旬、南シナ海のパラセル(中国名・西沙)諸島付近で衝突した。両国の海上警備の公船同士が対決し、漁船同士が激突するという危険な事態が起きたのだ。ついに東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議も5月10日、「深刻な懸念」を表明する緊急声明を出した。
パラセル諸島はベトナム、中国の両方が領有権を主張する。だが実際の統治は長年、ベトナム側の手中にあった。中国がそれを武力で奪った形になっているのだ。
今回の中国とベトナムの衝突は直接には中国側が一方的に始めたパラセル近海での石油採掘作業が原因となった。ベトナム側がその海域は自国の排他的経済水域内にあり、いかなる外国もベトナムの許可なしには資源開発はできないという国際合意があることを理由に中国側に抗議したのだ。だが中国はその種の国際合意はまず守らない。
中国が強引に出たことは今回の紛争でも明白である。中国はこの種の海洋紛争では相手が弱いとみると、軍事手段に出ることも辞さない。まず自国にくらべての相手国の劣位や弱体をみきわめてから、どっと攻勢や攻撃に出てくるのだ。 この中国のパターンを私はかつてベトナム戦争のまだ続いていた南ベトナム(当時のベトナム共和国)で思い知らされた。
古い話だが、ときは1974年1月、南ベトナム政府がそれまで一貫して実効支配してきたパラセル諸島に中国海軍の艦艇が突然、軍事攻撃をかけた。島に駐留していた南ベトナム軍の小規模部隊はすぐに撃退された。中国軍が同諸島を完全占拠した。
注目すべきは当時の南ベトナム政府の苦境だった。それまでの最大の保護者のアメリカに放棄されつつあったのだ。米軍部隊はその前年の1973年3月に南ベトナムから完全撤退していたのだ。中国は米軍が南ベトナム領内に駐留していた長い期間には、パラセル諸島に対してなんの行動も取らず、米軍が撤退したとなると、とたんに奇襲攻撃をかけてきたのだ。
中国は明らかにアメリカはパラセル諸島の領有権争いでは南ベトナムの支援はしないと判断したうえで攻撃をかけたのである。私は当時、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)に特派員として駐在していて、この一部始終をベトナム側から考察したのだった。
中国のこうした現実的というか、狡猾というか、対応パターンはわが日本にとっても意味が大きい。いうまでもなく日本は中国によって尖閣諸島を強奪されかねない状況に直面しているからである。
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