[藤田正美]【債券王ビル・グロスが辞めた理由】~異次元金融緩和は“まっとうな道”か?~
藤田正美(ジャーナリスト)
執筆記事|プロフィール|Website|Twitter|Facebook
先週の金融市場はこの話で持ちきりだったと言っても過言ではない。なにしろ総資産が軽く200兆円は超えるというPIMCOの共同創始者で43年もトップの座に君臨して人物が、自分の会社を突然去ったからだ。債券の動きを読むのに長けたグロスは、ずっと業界基準を上回る成績を上げてきた。たしかにここ数年は外れていたが、それでも辞めるとは誰も思わなかった。
グロスの辞任については、フィナンシャルタイムズ紙のコラムニスト、ジリアン・テットが面白いことを書いている。要するに、グロスは金融市場の大きな転換を見逃したのだ、というのである。
グロスは2010年に「イギリスはニトログリセリンのベッドに座っているようなものだ」と語り、イギリス国債を売りに回った。しかし実際には、利回りは低下し、イギリス国債は値上がりしたのである。
そうした「読み間違い」が続いて、2013年には自ら采配を振るっていたファンドで巨額の損失を計上し、今年も冴えない(運用益ランキングで下位20%にランクされている)。それに70歳を越えるグロスの後継者と目されていたモハメド・エルエリアンが今年初めにPIMCOを去った。グロスとの関係がうまく行かなくなったのが理由とされている。
しかしグロスが辞めたのは「債券王」と異名まで取った相場の神様が、読みが外れるようになったからかもしれない。世界で繰り広げられた「異次元の金融緩和」が本当に世界経済を支えるまっとうな道なのかどうか。そこにグロスは疑問を感じていたのだと思う。だから英政府にけんかも売ったのだが、英中銀が国債を市中から買い入れて、結果的にグロスは負けた。
日本の国債についても同じようなことを聞いたことがある。外資系のファンドはことごとくJGB(日本国債)が暴落するほうに賭けてきた。そしてその賭にはことごとく負けてきたのである。これからもやはり負け続けるのか、それともここからは本当にJGBが暴落するのか。
少なくとも日本経済の現状は、「アベノミクスの効果が出ている」と安倍首相が所信表明演説で語るほどではない。7〜9月期の数字もそう大きくは戻らないかもしれないし、少なくとも実質賃金がマイナスの状況では、家計の消費が増えるのは難しい。企業の設備投資も海外が増えてくれば、国内経済には影響が小さい。万が一、7〜9月期の数字が悪くて、年内に決断するといっていた2%の消費税アップを見送るようなことになれば、その時は外資系ファンドを中心に静かにJGBが売られることになるだろう。
すでに110円に届きそうな円安で警告が出ていると考えるべきかもしれない。もしこの水準を突破してさらに円安に向かえば、日本はコストインフレに陥り、結果的に長期金利が上昇する環境ができてしまう。あるところで日本の財政問題のシミュレーションをしたことがある。そのときの経験から言えば、売られ始めたら、政府にとって打つ手はない。何をやっても手遅れになった。国債は暴落し、地銀を中心に保有国債の評価損が膨張する。地銀が融資を絞ったために地方の中小企業がばたばたと黒字倒産をするという背筋の寒くなるような展開だった。そうした危機感を安倍首相や黒田日銀総裁はどこまでお持ちなのだろうか。そして一般市民はどこまで危機感をもち、対策を練っているだろうか。
【あわせて読みたい】
- <アベノミクス建て直しを>安倍首相の景気・経済対策を「評価しない」との回答が「評価する」を上回る(田村秀男・産経新聞特別記者/編集委員)
- <ロシアと欧州のつばぜり合い>ロシア経済の落ち込みは、EUへも小さくない「ブーメラン効果」も。(藤田正美・ジャーナリスト/Japan In-Depth副編集長)
- <アベノミクス建て直しを>安倍首相の景気・経済対策を「評価しない」との回答が「評価する」を上回る(田村秀男・産経新聞特別記者/編集委員)
- <ロシアと欧州のつばぜり合い>ロシア経済の落ち込みは、EUへも小さくない「ブーメラン効果」も。(藤田正美・ジャーナリスト/Japan In-Depth副編集長)