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.社会  投稿日:2014/12/7

[渋谷真紀子]【人種差別撲滅に舞台芸術ができること】~白人黒人問わず動員、伝説の演劇作品~


渋谷真紀子(ボストン大学院・演劇教育専攻)

執筆記事プロフィール

 

ボストンの12月4日、米ミズーリ州ファーガソン市で発生した白人警官が無罪の黒人男性を射殺したにも関わらず不起訴になった件に加え、ニューヨーク州でも同様の事件、また過去にも警官による不条理な黒人男性殺害事件が発覚し、有色人種の人権を訴えるデモ行動が行われました。

私が働く劇団の上司(黒人女性)は「怒りを通り越して、変わってきたと信じている歴史が変わっていないことへの悲しみの方が大きい」と言っていました。そもそも、警官が職権乱用して事実無根のまま公共の場で射殺することが人権問題であり、人種問題というのが古い考えであるといいます。

このような人権問題に舞台芸術は何ができるのでしょうか?私が働く劇団アートエマーソンでは、同じ12月4日に伝説の黒人女優Cicley Tysonが主演の”The Trip To Bountiful(バウンティフルへの旅)”という作品で史上最高チケットセールスを達成しました。これは、昨年彼女がトニー賞主演女優賞を授賞したブロードウェイプロダクションです。

招致した目的は、人種問わず家族やホーム(自分が愛着を持つ心のよりどころ)という普遍的なテーマを最高の舞台芸術で届けることで、白人黒人問わず多様な観客層を動員し、同じ空間で同じ感動を味わって欲しいという芸術監督の想いがありました。(通常のブロードウェイプロダクションは、8割以上白人高齢者か観光客と言われており黒人比率は少ない。)

元来この作品は、白人キャストで映画・舞台と上演されたアメリカの名作で、それを黒人キャストでリメイクして大成功したことで非常に話題でした。私達の劇団は、ボストンの多民族社会を反映する、多様性のある作品を全世界から招致するのがミッションです。

日常生活では生活圏が人種やジェンダーアイデンティティによって分割されがちな人達が、舞台芸術によって交流する場となるよう、観客を招いたオープニングパーティーも毎回行います。銃社会、ジェンダー、女性の権利、人種問題等のアメリカが抱える社会問題を議論するきっかけになる作品を上演しています。

今回は、黒人アーティストの芸術性の高さを祝福したいという想いからWelcome To Black Boston!というボストンの黒人アーティストがこの作品のキャストを招待して公演するイベントも実施し、イベント当日はボストン市長が”CicleyTysonの日“と発表し、栄誉賞を授与する儀式も行われ、大反響でした。公演では劇場中が感動に包まれ、私も見知らぬお爺さんと家族について話し込む程でした。

演劇を通じて社会問題を提起し、コミュニティを形成していくことで共同体として解決していきたいという強い意志を持って活動している人は大勢います。犯罪は社会が生み出すもの。先生の1人は、黒人なだけで誤認逮捕された経験から、刑務所の受刑者の声を舞台で届け、真相を伝えています。

教育の不平等の犠牲となる子供達に、演劇で彼らの声を届け、まともに生きる力を与える活動をしている教授もいます。前進しては後退してかもしれませんが、確実に舞台を通じて平和な社会を目指して平等な人権を実現しようとしている人達がいます。

私もアメリカでは有色人種、マイノリティと言われる日本人として演劇と関わることで、狭くても深い影響力を痛感してきました。それだけに、このデモが行われた日がブラインドキャスティング(既定の人種に捉われないキャスティング)の一流舞台作品がトップセールスを記録したことが希望を感じる吉報ニュースリリースとなりました。

 

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