[田村秀男]【安倍首相、米英メディアに惑わされるな】~背後に、新自由主義・金融資本~
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)「田村秀男の“経済が告げる”」
日本国内のメディアに劣らず、欧米のそれも日本経済に関してはいい加減なものである。例えば、英フィナンシャル・タイムス(FT)紙は消費税増税について、2013年9月12日付けの社説で、「消費税増税は安倍首相にとって正しい選択だ」と書いた。「旺盛な成長が2四半期続いた今、日本経済は最近になくしっかりして見える。増税の衝撃にも耐えうるだろう」と説き、実際にはまだ増税するかどうか迷っていた安倍首相の背を押した。
ところが、14年12月16日付けの社説では、アベノミクスについて「時期尚早だったとみられる消費増税によって台無しにされた。消費増税によって日本経済は再び景気後退局面に突入した」と臆面もない。増税による悪影響を一貫して否定し続け、予定通りの増税を主張したままの日経新聞などに比べると、FTの豹変ぶりは鮮やかだが、その背後には別の意図が隠されている。
FTに限らず米ウォール・ストリート・ジャーナル、英エコノミスト誌は言うまでもなく、米英の金融界の利害を代弁している。世界最大の債権国である日本がデフレであれば、日本で使い切れないカネが米英市場に流れ込むので基本的に都合がよい。それが、米英は日本の消費税増税に賛同した背景だ。
ところが、欧州や新興国景気の低迷に加えて、日本が消費税増税不況に陥ると、ワシントンは大いに慌て出した。グローバル化が進んだ株式市場は不安定になってきた。米株価を押し上げてきた米国の連邦準備制度理事会(FRB)による量的緩和政策(QE)は10月末に打ち切られたので、金融市場の波乱に対して打つ手がない。ワシントンは日本の消費税再増税を牽制し始めたのは、QE打ち止めが秒読みになってきた中での日本の景気下降を示すデータが出始めた9月末あたりだ。
FT紙などが本来、最も強く日本に迫る政策は本来、アベノミクス第3の矢「成長戦略」で言う規制緩和である。金融資本にとって邪魔な市場規制をことごとく撤廃させ、投資ファンドや株主にとっての利益を最大化させる。これらは新自由主義と呼ばれ、2008年9月のリーマン・ショック後、米国内でもノーベル賞の受賞学者であるスティグリッツ教授らが強く批判している。金融に加えて財政出動を重視するケインズ派が復権している。
これに対し、新自由主義の潮流に乗ってきた金融資本はまだこりない。今、ニューヨーク・ウォール街やロンドン・シティが日本に強く求めているのが、「規制緩和」を柱とするアベノミクス第3の矢の強化とその徹底である。FT紙も12月16日付け社説で「安倍氏が強化された立場を利用して第3の矢の改革を加速するとの期待は当然ある」という。
消費税再増税の先送りはやむをえないが、じゃあ、安倍さん、規制緩和を進めて早く「成長」させなさい、総選挙で圧勝したから、抵抗勢力を排除しろと催促しているのだ。米英の論調に弱い日本のメディアはそれに追随して改革、規制緩和を連呼する。株価が下がろうものなら、「アベノミクス第3の矢が不十分だから、日本売りが起きる」という金融アナリストのコメントを載せる。
だが、騙されてはいけない。経済成長とは、国内総生産(GDP)が増えることだ。GDPは消費、モノの投資、輸出次第だ。そのために必要なのは、消費や投資を促す金融政策と財政支出と円安だ。株価が多少上がっても、GDPは増えない。規制緩和して経済が成長するとは、かの規制緩和の本場の米国の経済学者でも論証できた者はいない。無論、消費者の便益を損なうばかばかしいような規制はさっさと取り除けばよいが、それは経済政策以前の問題だ。
景気を破壊することがはっきりした消費税の再増税までにはあと2年少ししかない。安倍首相は米英の金融資本の利害を代表する新自由主義の言説に惑わされてはならない。
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