[安倍宏行]【女子アナというガラパゴス】~日テレ内定取り消し騒動に見る~
安倍宏行(Japan In-depth編集長/ジャーナリスト)「編集長の眼」
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銀座でホステスのバイトをしていたという理由で日本テレビのアナウンサー職の内定を取り消された大学生の笹崎里菜さんが入社を求めた訴訟は、8日東京地裁で和解が成立し決着したという。これで晴れて、笹崎さんは今年4月から日テレに「アナウンス部配属予定の総合職」として入社することになった。彼女にとっても、日テレにとってもこれが考えうる最良の選択だった、ということだろう。
ここまで社会が騒ぐことは日テレも想定外だったかもしれないし、笹崎さんを入社させない場合の企業のレピュテーションリスクを考えたら、和解せざるを得なかった、というのが正直なところだろう。中には、これだけ話題となったのだから、最終的に入社させれば日テレの懐の深さをアピールできるからむしろ同社にとってメリットだ、などと無責任なコメントもあったが、正直、日テレとしてはやっかいなことになった、という思いしかなかったと思う。いずれにしても和解が一番傷が浅い、と思って決断したのだろう。
今回の問題で、これまでメディアは、やれ「清廉性」とは何ぞやとか、職業差別の問題とか、過去の内定取り消しの判決はどうだったとか、色々書き立てたが、「女子アナ」という職業そのものに言及したものは少ないような気がする。
21年間フジテレビにいて常々思っていたことがある。それはアナウンサーという職業は極めて日本的な職業であり、このままでいいのだろうか、という問題意識だ。そもそも英語の辞書でannouncer(アナウンサー)と引くと、“a person who gives information in a public place (such as a store or airport) especially using a loudspeaker.”つまり、「店や空港でスピーカを使って情報を人々に伝える人」と出てくる。したがって、アメリカで「私はアナウンサーです。」と自己紹介すれば、「どこで何をアナウンスしてるの?」とどっかの売り子か何かと間違われかねない。
では、テレビ番組に出て、司会をしている人は何と言うのか、というと、talk show host(トークショーホスト)とかMC (エムシー:Master of Ceremony)と言う。又、ニュースキャスターというのも和製英語で、caster は、“a small wheel attached to the bottom of something (such as a piece of furniture) to make it easier to move.”つまり椅子や家具の足についている、例のキャスターだから、I am a caster.といっても全く通じない。
ニュースキャスターは、通常、アンカーパーソン、anchorperson (a person who reads the news and introduces the reports of other broadcasters on a television news program.)と言う。アンカーとは船の錨こと。番組の中心となってニュースを掘り下げ、かつわかり易く視聴者に伝える役割からそう呼ばれるようになった。
話を女子アナに戻そう。呼び名はともかく、日本のテレビ業界は女子アナをタレント扱いして来た。本来ニュースを読むのならジャーナリストとしての素養も求められてしかるべきだと思うのだが、テレビ局はアナウンサーと記者を明確に分け、アナウンサーは原稿を読むプロ、と規定し、記者として仕事をさせることはほとんどない。東京キー局では、まれにアナウンサーが報道局に異動になり記者として現場に出ることはあるが、そのケースは非常に少ない。(注1)
特に、バラエティー番組などで引っ張りだこの女子アナが記者になることはほとんどなく、あくまで司会者としての能力を求められ続ける。バラエティー番組で司会をしているうちはいいのだが、日本のテレビの場合、時としてそのアナウンサーがニュース番組のキャスターになったりすることもある。取材などしたこともないので、そもそもニュースの背景もわからない。それではニュース番組でござい、といっても信頼性は担保できない。
中には勉強熱心な女子アナもいないことはない。かつて、自ら空き時間に取材に出かけ、人一倍努力して知識を増やし、人脈を築こうと努力した女子アナがいた。しかし、報道の現場ではむしろ煙たがれていた。テレビ局の文化では、アナウンサーはただ記者が書いた原稿を読んでいればいい、という意識が根底にある。アナウンサーは「出役(でやく)」という呼び名があるくらいだ。番組に「出て」ちゃんと司会という「役」を果たしていればいい、と言うことなのだろう。無論それは正しいのだが、ことニュース番組においては、その司会をする人間はタレント性より、ちゃんとした知識、豊富な取材経験などが求められるべきだと私は考える。
現場にろくに取材に行ったこともない、ジャーナリスト経験の乏しい人がニュースに論評を加える、という日本のニュース番組のスタイルは、ガラパゴスそのものだ。視聴者が離れていくのもうなづける。
こうした中、最近の女子アナ採用はこれまで以上にタレント性を求められている。即戦力を期待され、学生時代からタレントをやっていました、という人を堂々と採用するようになっている。あのNHKですら、最近は「元ミスxxx大学」を積極的に採用している。
日本でジャーナリスト的な女子アナと言ったら、国谷裕子氏や安藤優子氏、田丸 美寿々氏位しか思いつかない。その次の世代が全く育っていないのは、テレビ業界の怠慢そのものだと思う。「清廉性」うんぬんより、むしろ国際的にも通用する能力を持ったアナウンサー、もといニュースアンカーを育てることが、今求められているのではないか。
(注1)地方局(ローカル局)では、東京キー局ほど厳密にアナウンス職を記者職などと分けておらず、アナウンサーが現場に出て取材し、原稿を書き、時には編集まで立ち会うことも普通である。
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