[安倍宏行] 【「ジャパン・クオリティ」を体感した日】~一人のCAが発した“一言”~
安倍宏行(Japan In-depth編集長/ジャーナリスト)
「編集長の眼」
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何故、多くの外国人旅行客が日本を目指すのか。何故、自国にもあるMade in Japanをこぞって買い求めるのか。そこには“Japan Quality(日本品質)”(以下、JQ)ともいうべき世界に類を見ない、我が国のサービスの神髄があるのだが、多くの日本人がそれに気づいていない。きょう、私はJQを自ら体験した。
寝坊して成田に向かったのは21日の早朝。フライトを予約したのが1週間前だったせいか、オンラインの座席予約システムで通路側の席を取ろうとしたがもはや一席も空いていなかった。仕方なく、中央の席を予約したが、当日チェックインカウンターで通路側(英語でAisle:アイルという)をリクエストすればなんとかなるのでは、と高を括っていた。
しかし、ワシントンDC行きのフライトは満席とのことで、チェックインカウンターでもゲートのカウンターでも席の変更は叶わなかった。そこまで通路側にこだわるのには理由がある。筆者はトイレが近いのである。たぶん、他の人に比べ相当頻度が多い。年を取ると前立腺肥大やらなにやらで概して頻尿や類似の症状が起きる場合が多い。そうなってみたらわかるのだが、若い人にはピンと来ないだろう。
とにもかくにも、中央の席で気が重いな、と機内に乗り込むと、どうやらアメリカ人の学生の団体がいるようだ。小生の席も飛び地のように彼らの中に存在している。で、彼らの一人に提案してみた。「私の隣の子とお友達だよね、よかったら変わろうか?」そう、その子はすぐ後ろの席の通路側だったのだ。彼女が答えた。「ううん、私この席がいいの。」ああ、そうなんだ。。。諦めて席に座る。これから13時間半、トイレに行くたびに隣の子を起こすか、なんとかまたいで行かねばならない。。。
ところが、神様はいるものだ。突然別の女子学生が私のところに来て言うではないか。「私、あそこの席なんだけど、(あなたの席と)変わってくれない?」ネ申!その娘の席は、前方のキャビンの仕切り板のすぐ後ろ(つまり前の席との間が仕切られている)の通路側でしかも隣は空席だったのだ!ブラボー!思わずこう言ってしまった。「My Pleasure(喜んで)」
話はまだ続きがある。ほぼ徹夜で全日空ワシントンDC行きの機内に滑り込んだ私は離陸後すぐに眠りに落ちた。数時間ほどたったろうか、ギャレー(機内の調理する場所)脇のトイレに立った時だ。CA(キャビン・アテンダント)の一人が声をかけてきた。「安倍さまでいらしゃいますか?」はい、そうですが?「お席の変更をリクエストされていらっしゃったかと思うのですが、気が付いたときに席を移動されていて、何かお気に障ることがあったのかな、と気にしておりました。」
そういえば、離陸直前だったので、学生に席を変わってくれと言われ移動中に、目が合ったCAに、「(この人に)変わってくれと言われたのでこっちに動きます。」といった覚えがあった。大したことではないし、それでことはすんだと思っていたのだが、そのCAは自分たちの落ち度で何か問題でもあったのでは、と気に病んでいたらしい。
正直、満席で座席変更は出来ない、と言われていたわけだから、このハプニングがなければ私は通路側の席に座ることなく13時間半のフライトを過すことになったわけだ。実際は空席もあったし、私に席を変わってくれる人がいたわけだから航空会社としてはよりよいサービスを提供できる余地はあったということだ。新しいシステムでは席同士の通信もモニターで出来るようになっていたから、「席を変わりたい」とのリクエストを全乗客に知らしめることはさして難しいことではなかろう。
しかし、問題はそこではない。かのCAは、何とかしたかったのだが、出来なかったのが申し訳なかったし、席を変わったのは何か嫌な思いを客がしたからなのだろうか、と思いを馳せたところが凄いのだ。正直私もそこまで気にかけていたのか、と驚いた。クレームが怖いからでしょ、と言ってしまえばそれまでだが、彼女の言葉からはそれ以上のものを感じた。
それが”Japan Quality”だと私は思う。どこまで相手の気持ちに寄り添うか。それが本質だ。本来日本はそうした行動は当たり前だったように思う。席を譲る。困った人には声をかける、手を差し伸べる。「一日一善」と言う標語もあったではないか。CAの一言に深く感じ入った13時間半だった。“OMOTENASHI”とは、一朝一夕に身につくものではなく、二千年の我が国の歴史の中でつちかわれたものなのだと感じいった日であった。