[田村秀男] 【上海株暴落が暴露、“国際通貨”人民元の無謀ぶり】~SDR通貨認定を焦る中国~
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)
「田村秀男の“経済が告げる”」
上海株価の暴落は、習近平政権による人民元の国際化の無謀ぶりをさらけ出した。習総書記・国家主席は昨年から国際派の周小川中国人民銀行総裁を通じて、猛烈な勢いで人民元を国際通貨基金(IMF)の仮想通貨SDR(特別引き出し権)への組み込みをIMFに働き掛けてきた。SDRは米ドル、ユーロ、円、英ポンドの4大国際通貨で構成される。SDR通貨として認定されると、他の国際通貨と自由に交換できるようになるので、世界各国の中央銀行が外貨準備資産として持つことになり、信頼が高まる。国際金融市場で活発に取引されるようになる。IMFは5年に一度、SDR構成通貨を見直しており、ことしはそのタイミングである。IMF理事会で唯一、拒否権を持つ米国はこれまで、中国に対し株式を含む金融市場の対外開放を強く求めてきた。IMFによるSDR通貨認定基準は、国際的に「自由利用可能」通貨であるかどうかであり、外国人投資家による中国株投資を厳しく制限している限り、米国の同意を得られることは難しい。
そこで、北京は昨年11月17日から香港証券取引所と上海証券取引所の相互取引を解禁した。外国人投資家は中国当局が設定した上限の範囲内で香港市場から上海株を売買できるようになった。中国人投資家も同じく上限付きで上海市場経由で香港株式市場での売買が可能になった。
習近平政権はその相互取引に合わせ、株価の引き上げに全力を挙げてきた。人民銀行は利下げして、投資家が借金して株を売買する信用取引をてこ入れし、党機関紙の人民日報は株式ブームを煽った。
多くの中国人は党が株価押し上げ指令を発しているから、株価は上がると信じ込み、信用買いにのめり込んだ。株価の上昇速度が鈍ると、人民銀行は追加利下げし、株価上昇を後押しした。多くの国有企業は株式ブームに便乗して、過剰な設備投資や不動産投資失敗などで累積した債務を返済する目的もあって、株式の新規公開や増資でコスト・ゼロの資金を調達してきた。平均株価はこの6月初旬までの1年間で2倍以上に上昇した。半面で、実体経済のほうは停滞が続いているので、株価は明らかにバブル状態である。
そんな不安が漂っている中で、6月12日金曜には最高値をつけたが、週明けの月曜から暴落が始まった。その引き金を引いたのは、香港経由の「外国人投資家」のようだ。米ウォールストリート・ジャーナル紙6月23日付けによれば、6月3日までの3週間で上海など中国の証券市場に外部から73億ドルの資金が流入したが、翌週には68億ドルが一挙に流出したという。SDR認定をめざして、香港ルート向けに部分的に門を開けたら、激しい投機売買にさらされ、暴落が始まった、というわけだ。北京当局は外国の投資ファンドの空売りが背後にあるとみている。
実のところ、上海市場での外国人シェアはごくわずかである。グラフは香港経由の上海株投資資金の流出入額である。上海株が急降下を始めた当時の、香港経由の上海株売買シェアは上海市場の時価総額の1%にも満たない。つまり、外国人投資家は、ちょうど、膨れ上がった風船を突くほんの小さな針の役割を果たしたようだ。
北京は頭を抱え込んでいるだろう。上海・香港相互取引など、ほんの小さな実験でしかない。SDR通貨認定のためには、これから順を追って、着実に本格的な金融市場の自由化に向け、プログラムを建て、実行を迫られる。すると、外国人投資の比率が高まる。党による株式市場支配も、市場統制も効かなくなるだろう。
ともかく、習近平政権は当面、株価の暴落を食い止めることが最優先課題だ。中国人の個人投資家数は今回の株式ブームで急増し、共産党員数8800万人をはるかに超えている。株価引き上げの旗を振ってきた党指導部の信頼は大きく損なわれる。
株式バブルの原動力である信用取引では、住宅を担保することも解禁するなど、取引規制を緩和した。上場企業の半数以上を売買停止にした。人民銀行は市場向け資金供給を約束し、証券業界が共同で株を買い支える。他方では、株式の新規公開を禁止した。株価指数先物を利用した空売りを取り締まる。7月1日に習政権の肝いりで施行された国家安全法では、金融危機時の強権発動を可能にしている。公安当局が投機の取り締まりに動き出した。
こうした一連の規制強化は、金融市場自由化とは真逆である。人民元は国際通貨の条件を満たさないことを、図らずも、北京自ら証明した。それでも、習近平政権は「国際通貨人民元」の認定をあきらめないだろう。国際通貨として公式的に認定されると、元を自由に刷って、対外膨張の軍資金に使える。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の資金源にもなる。
国際金融センターを持つ英国など欧州主要国は、人民元決済という中国利権欲に突き動かされ、「自由利用可能通貨」の定義を大甘に解釈するかもしれない。
米国はいまのところ、譲歩する気配はない。しかし、2001年9月に北京を訪問したオニール財務長官(当時)は江沢民総書記(同)と会ったとき、人民元の自由変動相場制への移行は、党支配体制崩壊につながると配慮した、と自身の回想記で述べている。
ワシントンは共和、民主両政権とも、中国の金融については部分開放、元小幅切り上げで妥協してきた。日本としては、米国としっかりと意見を合わせて、人民元のSDR構成通貨化を審査するIMF理事会の場で、自由利用可能通貨=金融市場自由化の筋を貫くべきだ。
*トップ画像:香港資金と上海株価グラフ(作者作成)