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.政治  投稿日:2024/7/8

「都知事選、終わってみれば」その1 光った小池氏のしたたかさ


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・東京都知事選、小池百合子氏、300万票近く獲得し圧勝。

・学歴詐称問題には正面から取り合わず、むしろ落選運動であるとの印象を有権者に与えた。

・街頭での反小池「やめろコール」にも東京15区を引き合いに、冷静に対処した。

 

蓋を開けてみれば小池百合子候補の圧勝だった。予想通りだった。

得票数2,918,015票。前回の3,661,371票には及ばなかったものの、前々回の2,912,628票は上回った。2期8年の小池都政に大きな不満を抱いている都民は多くなかった、ということだ。「都知事を変えよう」、という積極的理由は見当たらなかった。

■ したたかな「論争しない」戦術

選挙前は、元側近による学歴詐称疑惑告発などもあったが、全く影響しなかった。この問題について小池氏は、「毎度毎度、選挙のたびにこうした記事が出るのは、そもそも残念だ」と述べるなど、落選運動の一環であるとの考えを示唆。正面からこの問題に向き合わない戦略をとった。小池氏のしたたかさの勝利ともいえる。

そして、蓮舫氏が争点のひとつとしてあげた、明治神宮外苑の再開発事業問題。東京都以外の人にはなんのことかわからないだろうが、ようはインバウンドにも大人気の4列の銀杏並木で有名な神宮外苑の再開発事業に対し、(ヤクルトの本拠地神宮球場と秩父宮ラグビー場の建て替え含む)多数の樹木が伐採される、と批判されている件だ。事業主体が三井不動産で、都庁OBが多数三井不動産グループ2社に天下っているとの報道もあった。

しかし、この問題もたいした争点にはならなかった。小池氏は日本記者クラブでの4候補者討論会で蓮舫氏にこの問題を切り出されると、「争点にならない。なぜなら今立ち止まっているから」と即答、事業主体である民間事業者に樹木保全策の提出を求めていると説明、かつ、「イチョウ並木が切られるとのイメージがあるが、そうではない。むしろ樹木の本数は増える」と反論した。

外苑の再開発は、三井不動産、明治神宮、日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事を事業者として進められている。その関係者が選挙終盤、次々と再開発批判に反論しはじめたのだ。

まずは、7月1日、神宮外苑街作り準備室がYoutubeに「神宮外苑地区まちづくり計画説明動画」を公開した。7月3日には、伊藤忠株式会社が「神宮外苑再開発について」とするコメントを発表。さらに5日、三井不動産も「『神宮外苑地区まちづくり』の取り組みについて」とのリリースを発表した。

どれも、以下を説明していた。

4列のイチョウ並木は伐採されないこと。

神宮外苑の緑は人工林で、管理や維持を行っているのは行政ではなく、明治神宮などの土地所有者であること。

その資金は、秩父宮ラグビー場、神宮球場等神宮外苑にある施設からの収入より得られていること。

・オフィスビルやホテル等複合的な開発をおこなうことで収益を得、これを原資に明治神宮へ借地料を支払い、借地料の一部は前払いし、神宮球場の建替資金の一部に充当すること。期間中の借地料は内苑の森、外苑の緑を守るための維持費等に充当されること。

・秩父宮ラグビー場は築76年、神宮球場は築約100年で、建替が喫緊の課題であり、建替が進まない場合、老朽化が進み近い将来「みどりを守る」ための資金も得ることは困難になること。

・新たに樹木を植え、開発後のみどりの割合は約25%から約30%に、地区内における樹高3m以上の高木本数は既存の1904本から1998本に増加する見込みであること。

つまり、小池氏がすべき反論を事業者らが間接的に行ってくれたわけで、これは小池氏にとって追い風になったはずだ。なんとなくもやもやしていた無党派層の懸念を雲散霧消させる効果はあったとみる。無論、事業会社らも株主総会などで批判の声が上がったことから説明責任は足さねばならなかったとは思うが、選挙期間中にこうした詳細にコメントを出す意味をかれらだとて知らないわけはない。ここまで計算して沈黙していたとしたら小池氏の戦略もたいしたものだ。

■ 準備していた「野次対策」

小池氏のしたたかさといえば、選挙戦前半、街頭演説を避けたのもその一つだ。街に出れば蓮舫支持者が集まり、反小池コールの渦に巻き込まれると判断したのだろう。実際、先に行われた東京15区の衆院補選で乙武洋剛匡候補の応援に立ったとき、つばさの党にさんざん学歴詐称問題で野次られたことが念頭にあったものと思われる。その時点から今回の戦い方は十分練られていたのだろう。

まず6月20日の告示日は公務優先ということで街頭演説を見送った。6月22日、23日の週末は、八丈島と奥多摩で街頭演説を行った。小沢一郎氏が得意とした「川上作戦」だとの解説もあったが、ようは都心を避けたのだ。さすがに中盤以降、石丸伸二氏の猛追が報道されるにいたって、都心での街頭演説を開始、7月2日火曜日の秋葉原から6日最終日の池袋までは連日、街頭に立った。

都心での演説では、予想通り小池都政に反対する人々の野次が飛び交った。最終盤の7月5日、新宿駅前で小池氏が街頭演説をしているとき、「やめろコール」が巻き起こった。小池氏が演説を1分ほど中断、この様子が、SNSで拡散され、筆者の目にも飛び込んできた。当然、沈黙の部分が切り取られて拡散されいたのだが、後で前後部分も含めて録画を見返すと、小池氏は沈黙の後、冷静にこう語ったのだ。

「江東区の15区の選挙以来、そしてまたポスターの状況を皆さん、ご覧になっていますよね、政見放送もご覧になっていますよね。これまでとちょっと違うと思われませんか。民主主義のプラットホームを守って行こうではありませんか。皆さんの普通に持っておられる常識を選挙を通じて訴えていこうじゃありませんか」。

この発言後、演説を聴いている人たちから一斉に拍手が起きた。反対派は、「小池氏が動揺して絶句、これが民意だ」、と盛り上がったようだが、小池氏支持者だけでなく、無党派層からも、つばさの党と同じ選挙妨害がまた行われている、と受け取られ、むしろ逆効果だったと筆者はみる。

ガチンコの論争に持ち込まない。一方的な批判には冷静に対処する。

次は、3位に沈んだ蓮舫氏の戦略を振り返る。

(その2につづく)

トップ写真:当確が出て支持者から花束を受け取る小池百合子氏(2024年7月7日東京都)出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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