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.社会  投稿日:2024/7/19

公開情報を納税者に隠す防衛省のインテリジェンスの欠如


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・不祥事が原因で、自衛隊や内部部局で計220名が処分された。

・背景には、過度な秘密主義や隠蔽主義があるだろう。

・防衛省や自衛隊の隠蔽体質を変える必要がある。

 木原稔防衛相は12日、陸海空3自衛隊や内部部局で延べ220人の処分を発表した。「特定秘密」の不適切な扱いや潜水手当などの不正受給、食堂での不正飲食、パワーハラスメントの4つの不祥事が原因である。海上自衛隊トップの酒井良海上幕僚長は19日付で引責辞任する。現在話題になっている潜水艦裏金事件の観察本部の調査結果次第では更に処分は増えるだろう。

 このような不祥事が起こる原因は防衛省、自衛隊の組織防衛のための過度の秘密主義、隠蔽主義が原因ではないか。納税者にバレなければ批判されない、批判されなければ犯罪ではないという意識が組織内にはびこっている。それに異議をとなえるものは「異端」としていじめや排除の対象になる。批判されると悪いのは外部だ、自分たちは正しいと組織内で結束する。だから外部から隔絶した「常識」が組織に蔓延する。

 英語でいう intelligenceとは情報という意味と知性という意味がある。防衛省はこの2つの意味でインテリジェンス失格である。

 以下の写真は2年前、ビッグサイトで行われた危機管理産業展での防衛省ブースの写真だ。陸上自衛隊が2014年に海外での邦人救出活動に使用する車両として「輸送防護車」との名称で採用したタレス・オーストラリア社ブッシュマスター耐地雷装甲車だ。

写真:タレス・オーストラリア社のブッシュマスター耐地雷装甲車(東京ビッグサイト、2022年10月)

出典:筆者撮影

 全ての窓ガラスには目張りがされ、後部ドアがしめられている。車内の様子は全く見えない。これを見ると車内は高度な機密情報があり、防衛省はそれを見せないようにしていると思うだろう。

 だが、以下の写真は本年6月にパリで行われた世界最大規模の軍事見本市、ユーロサトリでタレス・オーストラリア社が展示したブッシュマスターだ。

 

写真:タレス・オーストラリア社が展示したブッシュマスター(フランス、パリ 2024年6月)

出典:筆者撮影

 窓に目張りはしていないし、後部ドアは開けっ放しで展示されていた。撮影も禁止されていない。実は防衛省が採用する前から同社はこのような公開展示を行っていた。筆者は過去何度も取材をして写真も掲載している。15年ほど前の英国ミルブルック車輌試験場で行われた見本市、DVDではブッシュマスターに搭乗も体験した。当然写真も撮影してレポートを書いている。

 筆者はこの件の写真をお見せして、木原稔防衛大臣に会見で質したが、以下がその回答である。

 「私、ブッシュマスター、確か宇都宮の駐屯地でですね、試乗もいたしました。最初の輸入装備品だったと思いますが、それは機能的な、実用的な装備品だという風に認識をしております。ただその、今御質問いただいたような質問に対してお答えできる適切な情報というのは持ち合わせておりませんので、できましたら、事務方の方にお尋ねいただけたらと思います」。

 事務方に尋ねるまでもなくメーカーが公開している車体内部を、防衛省が納税者に隠しているのは一目瞭然だが大臣はそうは思わないようだ。ブッシュマスターに関するテクカルなデータもかなりのレベルで公開されている。

 それを防衛省はあたかも最高機密であるかのように、納税者に対して隠して展示したのだ。率直に申し上げれば間抜けである。 

 間抜けというのは何事だ、失礼ではないかとの声もあろうが、公開されている情報をあたかも軍事機密であるかのように隠すのは頭隠して尻隠さず、の類であり、間抜けという以外にどう形容できようか。意地の悪い見方をすれば、納税者を騙すつもりがあったのではないか。

 防衛省や自衛隊は普通の民主国家の軍隊が、納税者に対する説明責任を果たすために当然公開している情報をひた隠しにする。「軍隊」の情報公開のレベルやメンテタリティでは我が国は民主国家ではなく、むしろ中国や北朝鮮、あるはかつての大日本帝國の陸海軍に近い。しかも単に隠すだけではなく、このように他国で公開している情報すら「手の内を明かさない」と称して、納税者に隠している。

 納税者にまったく情報を伝えなければ、批判はされまいという子供じみたレベルの「情報管理」をしている。

 だがこれは防衛省や自衛隊は、何が本当の機密で、どんな情報を公開していいか理解できていない、あるいは情報に対して極めて硬直的かつ官僚的であると内外に宣伝しているに等しい。つまりは防衛省、自衛隊のインテリジェンスは低いということだ。

 これは当然周辺諸国も理解しているだろう。インテリジェンスが低い国は戦争に弱いというのは軍事史のみならず、安全保障の常識である。つまりこのような子供じみた秘密主義、隠蔽主義は周辺諸国に自衛隊恐るに足らず、と認識されて抑止力という点でも問題だ。

 更に問題なのは、納税者に対して説明責任を果たさなくいいと思っていることであり、民主主義の軍隊として失格である。

 あらゆる常識、特に不都合を隠蔽しておき、芸能人らを使って自衛隊のアピールしたい空虚なプロパガンダ、「無敵皇軍」的なイメージ宣伝だけしておけばいい、というのはかつての帝国陸海軍と同じである。その帝国陸海軍は国民や議会に説明責任を果たすことなく、肥大化して挙げ句に無謀な戦争を起こして、自滅的に敗北した。

 国民、納税者を軍事的に盲目にしておけば批判を避けられる。エビデンスに基づく防衛省や自衛隊の監視や批判が少なければ、批判は情緒的になりやすいので、防衛議論は神学論争になりがちだ。そのような批判であれば等閑視できる。

 逆に外部から不都合な事実を突きつけられれば、それを認めて改善せざるを得ない。それを防衛省や自衛隊は死ぬほど嫌っている。組織防衛のために防衛省や自衛隊は決して間違いを犯さないという建前を押し通そうとする唯我独尊的な組織文化となっている。また同様に組織内で批判や改革の声を上げるものも「異端」として弾圧する。

 秘密主義で内外からの批判を避け、批判を組織に対する攻撃や弾圧だと被害者ぶるので事実を直視せず、悪いのは外部だ、マスメディアだ、政治家だと他人のせいにする。防衛省や自衛隊は他責思考の文化に支配されている。

 だから組織に問題があっても、認めようとしない。現状を憂う内部の人間も「組織防衛の敵」と認識していじめたり、追い出したりする。だからますます外部の常識から外れていく。それがパワハラやセクハラの温床になっている。そのような人物が組織から排除される、あるいは発言をしなくなるので独善的な組織文化が益々強くなる。筆者が指摘した陸自の衛生キットに関する批判がその好例だ。

 当時陸自の個人衛生は止血帯、包帯各一個だけだった。対して米陸軍のキットは22個の構成品から成っていた。だが防衛省は「『個人携行救急品』の内容は、米軍等の装備も参考に定めており、米陸軍の同装備と概ね同様の内容品であり、著しく劣っているとの指摘には当たらないと認識している」と述べて、会見で岩田陸幕長や中谷防衛大臣の答弁もそれに沿ったものだった。

 だが筆者の質問や記事で事実を突きつけことがきっかけとなり、防衛省の衛生のあり方検討会の座長である佐々木広尾病院長(当時)も、同様の批判を「月刊WILL」などで展開、さらに大野元裕参議院議員(現埼玉県知事)らが動いて補正予算が組まれて、個人衛生品の改善がなされた。防衛省のいう「米陸軍同等で問題ない」ならば改善の必要はなかった。

 この件を陸幕衛生は相当警戒していたようで、数カ月にわたり、当時の陸幕広報室長松永康則1佐は担当者に筆者には居留守を使えと命じていた。そのことを会見で岩田陸幕長に質問すると、即座に衛生部に対する取材が可能となった。その後松永1佐は陸将補に昇進するはずが、見送られ地方に飛ばされたそうだ。関連で10名ほどが更迭されたと聞いている。だがその半年後陸幕長が交代すると松永1佐は陸将補に昇進している。

 この件で明らかなのは明らかな嘘でも防衛省や自衛隊は「事実」と言い張る、大臣や幕僚長といった組織のトップにまで嘘を付くということだ。 

 そして隠蔽のためには「居留守」という広報職種であってはならないインチキまで行う。これは普通の組織では懲戒解雇されて当たり前の行為だ。そして関わった人間が処分されないとうことだ。

 つまりトカゲの尻尾切りではく、トカゲの頭切りを行うということだ。頭を切ってもまた別な頭が生えてくるので、組織全体が危うくなることはない。頭に責任を押し付けて組織防衛を行う、そのような組織文化があるということだ。この個人携行衛生品も内部では改善がされなかっただろう。「蛇よりしつこい」と揶揄される筆者がその問題を執念深く暴いて、他の協力者が動いたことで改善が成された。このように情報開示こそが組織の腐敗を防ぎ、問題点を改善していくのだ。だが防衛省、自衛隊の秘密主義のおかげでそのような腐敗防止や問題点の改善は起こりにくい。

 それは軍事常識の面でも顕著だ。自分たちの組織に不都合な軍事的な事実も直視しようとせず、自分たちは正しいと互いに言い聞かせていく。だからドローンの導入やネットワーク化などでも遅れを取っている。そのためには総務省と電波割当について話さないといないし、新しい部隊を編成するために既存の部隊を縮小、廃止しないとならないからだ。だから理由をつけて現状維持が正しいと言い張る。だがそれは現状維持と、それの恩恵を受けている者たちの利益を損なうことになる。だから自衛隊のドローン導入やネットワーク化は途上国からも遅れを取っている。

 まさに「自衛隊の常識は社会の非常識」「自衛隊の常識は軍隊の非常識」なのだ。商社に取材すると「我々は防衛省や自衛隊の方々の主張を英訳して外国のメーカーに伝えているのではない。彼らの軍事的なトンデモな話をなんとか外国のメーカーに伝わるように『翻訳』して伝えることだ」という。

 だから世間ではありえないような稚拙な嘘をつく。以前、スーダン派遣部隊の日報は廃棄したと「嘘」をついた。だが日報は存在し、結果陸幕長と防衛大臣が辞任する事態に追い込まれた。常識的に派遣部隊の日報は基礎的な資料で保管されるのが当たり前だ。都合が悪いからといって廃棄などしない。 そういう当たり前が分からなくなって嘘をついたのだ。

 防衛省が「改革」をするときに「識者」や「専門家」を招いた審議会や委員会を使うことが多い。だがそれらの会議に「識者」や「専門家」は殆どいない。いても防衛省に異を唱えない利益関係者だ。その結論を「改革」に活かすというのだから「改革」は常に成功しない。

 この防衛省や自衛隊の閉鎖体質の「共犯者」が記者クラブだ。防衛省記者クラブはマンションなどの管理組合と同様の一民間任意団体だ。その民間任意団体が当局と協力し、非会員のメディアや、フリーランスを記者会見やその他の取材機会から締め出している。防衛省では会見はその一民間任意団体である記者クラブが主催している。そして大臣が嫌がるような質問はしない。つまり国民の知る権利からの防波堤として機能している。

 しかも記者クラブの記者は単に辞令で配属されているだけで、軍事の素養がない。彼らが防衛省や自衛隊からのレクチャーや勉強会でのみ知識を得ていくので「洗脳」されていく。

 このような防衛省や自衛隊の隠蔽体質やそれを是とする組織文化を変えていかなければ、自衛隊は自壊に向かっていくだろう。

トップ写真:タレス・オーストラリア社が展示したブッシュマスター(フランス、パリ 2024年6月)

出典:筆者撮影




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