無料会員募集中
.経済  投稿日:2017/4/1

米国株式会社の弱さでトランプ対外強硬策へ


田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)

「田村秀男の“経済が告げる”」

【まとめ】

・トランプ政権、目玉政策軒並み議会通らぬ可能性。

・その為、対外通商政策に前のめりに。

・為替政策で日本に矛先が向かないようにすることが必要。

 

トランプ米政権は対議会工作を最優先していた医療保険制度改革(オバマケア)代替法案が撤回を余儀なくされ、出だしから躓いた。与党の共和党が割れたためだが、トランプ政策の目玉である法人税減税やインフラ投資についても議会での承認が危ぶまれている。

となると、トランプ氏は対外通商政策に前のめりにならざるをえない。最大の貿易赤字相手国で貿易障壁が張り巡らされた中国を標的にするのは当然だが、市場が自由で開かれた日本までが巻き添えにされるのは勘弁してほしいところだ。そもそもトランプ氏の経済政策(トランポノミクス)とは何か。

トランポノミクスは大統領選期間中から掲げてきた「米国第一」を実現するためだと、一般的に解釈されている。国内需要を拡大し、貿易赤字を減らし、企業の国内投資を後押しして雇用を増進する。確かに経済シナリオとしてはわかりやすいのだが、よくよく考えると矛盾に満ちている。

貿易赤字を減らすために、国境調整税や貿易相手国に制裁関税をかける保護貿易主義手段をとれば、ドル高になって逆効果になる恐れがある。インフラ投資や法人税減税で財政収支は悪化する懸念が生じると、金利が上昇し、企業の投資意欲を削ぐ。共和党を含め、議会から異論が続出するのは当然なのだ。

それでも、トランプ氏が上記の考え方を掲げて、大統領選に勝利した時代的意味を無視できない。従来の政策継続をうたう民主党のヒラリー・クリントン候補には、エスタブリッシュメントからの支持は弱々しかった。

グラフ(※トップ画像)は1990年代からの米国株式会社の株主資本利益率(ROE)の推移を追っている。株主資本とは、企業の総資産から負債を差し引いたもので、会社は株主のものという考え方からして、そう呼ばれる。その株主に帰属する資本がどれだけ収益を挙げているかがROEであり、低いと経営者は株主から失格の烙印を押される。それが米国型資本主義というもので、日本も2000年代に入って官民が制度化した。それが日本の企業風土に合うとは限らないのだが、本題から外れるので、別途論じよう。

さて、グラフから読み取れるように、米国のROEは5,6年周期で波打ってきたが、2008年9月のリーマンショック後は波形が崩れている。住宅バブルとともに2007年に頂点に達したあと、リーマン後に底を打ったが、回復力は弱々しいのだ。

株価と対比させてみると、リーマン後、株価は順調に右肩上がりに上昇しているが、ROEからのかい離が際立っている。企業収益率は低下しているのに株価が一本調子で上がり続けることは不自然だ。

収益率好転と株価上昇がかみ合ったのは2000年代初めからの住宅ブーム期である。当時のJ・W・ブッシュ政権が情報技術(IT)バブル(あるいはドットコム・バブル)崩壊後の経済回復策として、住宅ブームを演出したが、消費者に住宅相場の値上がりを先取りして借金させ、消費を刺激する手法だった。言わば債務バブルがもたらしたROE上昇だった。

リーマン後の景気回復は、連邦準備制度理事会(FRB)による量的緩和政策が担った。それは金利を大きく下げ、余剰資金を株式市場に流れ込ませ、株価を上げることに成功したが、実体経済の回復速度は遅い。企業収益の回復力は弱々しくなる。しかもFRBは金利を引き上げて金融政策の正常化を急がなければならない。

こう考えると、トランポノミクスは脆弱になってしまった米国株式会社の建て直しとしての意味がある。財政出動と減税で需要を喚起する。企業には対外投資をやめさせ、国内投資を優先させる。輸入を抑え込み、輸出を増やさせるために、通商法による懲罰関税や為替操作国への報復も辞さない。これらの政策が議会の抵抗にあうばかりか、経済的にも逆効果を招く恐れがあるとは上述した通りだが、米国株式会社の再浮揚を求められているトランプ氏はそれで引っ込むことはないだろう。

金利高になるというなら、FRBには利上げさせないよう政治的圧力を加える。国境調整税導入など保護貿易手段がドル高を招くなら、相手国に対し、その通貨の対ドル相場の押し上げを求めるだろう。日本としては、トランポノミクスに投資や技術面で協調する余地は十分あるのだが、まずは中国と同列扱いするなと釘を差すべきだ。

トランプ大統領は4月6、7日に安倍晋三首相も招いたフロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」で習近平中国国家主席と会談するが、人民元の対ドル・レート引き上げで合意しても、北京は人民元相場を管理、操作しているのだから当然だ。


この記事を書いた人
田村秀男産経新聞特別記者・編集委員

1946年高知県生まれ

1970年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て2006年12月に産経新聞社に移籍、現在に至る。

その他、早稲田大学大学院経済学研究科講師、早稲田大学中野エクステンション・スクール講師を兼務。

主な著書:『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む日米中関係』(扶桑社新書)、『世界はいつまでドルを支え続けるか』(同)、『「待ったなし!」日本経済』(フォレスト出版)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP出版)、『財務省「オオカミ少年」論』(産経新聞出版)、「日本建替論」(共著、藤原書店)、『反逆の日本経済学』(マガジンランド)、『日経新聞の真実』(光文社新書)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、「日本ダメだ論の正体」(共著、マガジンランド社)、「消費税増税の黒いシナリオ」(幻冬舎ルネッサンス新書)、「人民元の正体」(マガジンランド)、「中国経済はどこまで死んだか」(共著、産経新聞出版)、「世界はこう動く 国内編」(長谷川慶太郎氏と共著、徳間書店)、「世界はこう動く 国際編」(同)

田村秀男

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."