コミュニティの、コミュニティによる、コミュニティのための蒸溜所 ~社会還元型ビジネスモデルを推進するスコッチウイスキー蒸溜所~ その1
ケリー狩野智映(フリーライター/翻訳者/メディアコーディネーター)
【まとめ】
・スコットランドにはクラウドファンディングで成立した世界初のコミュニティ蒸溜所がある。
・周辺地域住民を中心に投資された。
・投資したメンバーは蒸留所の意思決定に参加できる。
ハイボールのヒットや海外での人気急上昇で品薄状態が続いているジャパニーズウイスキー。だが、ウイスキーと言えば、本家的存在であるのはやはり、スコットランドで造られるスコッチであろう。
スコットランドは、言わずとも知れた世界5大ウイスキー産地のひとつ。日本もそのうちのひとつに数えられるが、スコットランドでのウイスキー蒸溜は500年以上の歴史を誇る。
そして、面積と人口が北海道よりやや小さい程度のスコットランドには、2024年5月の時点で稼働しているウイスキー蒸溜所は151か所もある。対して日本は、開業準備中のものを含め、全国で114か所だという。
さらに、スコッチウイスキー産業が英国経済にもたらす粗付加価値額は、2022年で71億英ポンド(約1兆5000億円)に達している(スコッチウイスキー協会データ)。
だが、歴史深いウイスキー名産地のスコットランドでも、ウイスキー不況の1980年代には数々の蒸溜所が閉鎖に追い込まれ、生き残った蒸溜所は合併するか、大手企業に買収されるという事態に陥った。
その結果、蒸溜所の多くはディアジオやシーバス・ブラザーズ、バカルディなどの世界的なグループの傘下にある。
そのようなスコッチウイスキー業界にあって、他と一線を画しているのがグレンウィヴィス蒸溜所(GlenWyvis Distillery)だ。
■ 世界初のコミュニティ蒸溜所
グレンウィヴィスは、スコットランド北部ハイランド地方の主要都市インヴァネスから車で北上すること30分弱の小さな町、ディングウォールを見下ろす小高い丘に居を構えるクラフトスコッチウイスキー蒸溜所。
ここが他と大きく異なるのは、クラウドファンディングで成立した世界初のコミュニティ蒸溜所であり、上質のスコッチウイスキーを造り出し、収益の一部を周辺地域の発展に役立てることを使命とした社会還元型ビジネスであるという点だ。
投資者は「メンバー」と呼ばれ、2016年と2017年の2度にわたって実施されたクラウドファンディングでその数は3262人に達している。一個人が投資できる額の上限は10万英ポンド(約2000万円)。
投資額のレベルに応じて特典に違いはあるものの、運営に関する重要な意思決定が行われるメンバー総会での議決権は、投資額の大小を問わず一人一票。実に民主的である。
そして取締役員は、企業経営にふさわしい経験と知識を有するメンバーの立候補者の中からメンバーの投票によって選出される。そのため、投資ファンドなどからの乗っ取りを防止できる。
▲写真 糖化槽・発酵槽が並ぶ仕込みエリアと蒸溜釜のあるスチルハウスを区切る壁には、投資額の大きかった人々の名前が表示されている:筆者撮影
このユニークなビジネスモデルを推進するグレンウィヴィス蒸溜所の発起人は、地元の農場経営者でヘリコプターパイロットのジョン・マッケンジー氏。蒸溜所が建っている土地は彼が所有する農場の一部で、175年の賃貸契約を結んでいる。
ディングウォール周辺地域には、グレンオード蒸溜所やダルモア蒸溜所、インヴァーゴードン蒸溜所、ティーニニック蒸溜所などの蒸溜所が数か所ある。かつてはディングウォールの町でも1879年創業のベンウィヴィス蒸溜所でウイスキーが製造されていたのだが、不況の影響で1926年に閉鎖されてしまった。
そのディングウォールの町にウイスキー造りの伝統を復活させ、地元コミュニティの発展に貢献しようと、マッケンジー氏は2015年にコミュニティ蒸溜所の建設を発案し、シェトランド諸島の小さな蒸溜所から調達したジンをグレンウィヴィスの名で販売してブランド構築と資金稼ぎに励んでいた。
■ 投資者の60%が周辺地域の住民
2016年の最初のクラウドファンディングでは、周辺地域の郵便番圏内の住民に1株50英ポンド(約1万円)で最低額250英ポンド(約5万円)での投資機会が提供され、この郵便番号圏外の住民の場合は最低投資額が750英ポンド(約15万5000円)に設定されていた。その結果、2100人を超える投資者の60%が周辺地域の住民であった。
77日間で260万英ポンド(約5億1800万円)の資金を確保することに成功し、蒸溜所の建設が実現した。
▲写真 2017年11月30日、スコットランドの守護聖人である聖アンドリューの日にメンバーを招いて行われた竣工式 提供:グレンウィヴィス蒸溜所
最低投資額250英ポンドで2017年8月に行われた2度目のクラウドファンディングでは、およそ110万英ポンド(約2億2700万円)の追加資金が集まり、借入依存度の低減とブランディングの強化が可能になった。
2度のクラウドファンディングを経て、メンバーの居住地別内訳は、2022年末の時点で周辺地域の住民が28%、スコットランドの他の地域の住民が44%、英国の他の地域の住民が16%、海外居住者が12%となっている。
地元コミュニティへの貢献を使命に掲げるグレンウィヴィスを周辺地域の人々が支援するのは納得のいくことだ。だが、その恩恵を直接受けることのない地域や海外からも多くの投資者を惹きつけたのは何故なのだろうか。
■ 金銭的リターン以上の魅力
「メンバーが投資した理由は千差万別です。単に純粋な投資機会と見なした人もいるでしょうし、特典に惹かれた人もいるでしょう。ですが、多くの蒸溜所が大手グループに所有されているなかで、メンバーとして意思決定に参加できる蒸溜所というのは、ウイスキー愛好家にとって非常に新鮮で魅力的なコンセプトだと思います」と語るのは、今年6月中旬に新蒸溜所長に就任したクレイグ・マクリッチー氏。
彼は、マッケンジー氏がグレンウィヴィスを立ち上げた2015年に入社した従業員第1号で、セールス部門から製造部門を経て現職に至る。つまり、グレンウィヴィスを創成期から知り尽くしている人物なのだ。
▲写真 蒸溜所長のクレイグ・マクリッチー氏:筆者撮影
「つい先日、ピーテッドバージョンを造ることが決まったのですが、この件でもメンバーに直接意見を求めました。こんなことは他では考えられないでしょ?」と話すマクリッチー氏の表情には熱い情熱が感じられる。
「海外では31か国からの投資者があり、その多くは米国やドイツ、日本などウイスキー文化が定着している国に住む人々でした。このような国々のウイスキー愛好家は、熟成年数や銘柄の知名度ばかりにこだわるのではなく、新興ウイスキー蒸溜所にも興味を持っており、そのメリットを理解しています。だから、ハイランド地方の新興蒸溜所のメンバーとなって運営に参加し、今後の発展を支援するというのは、金銭的リターンや特典以上の魅力があるのだと思います」とマクリッチー氏は説明する。
グレンウィヴィスにとってのコミュニティとは、周辺地域コミュニティだけでなく、メンバーのコミュニティという意味なのだ。
●グレンウィビス蒸溜所のHP:https://glenwyvis.com
(その2に続く。全2回)
トップ写真:グレンウィヴィス蒸溜所 提供:グレンウィヴィス蒸溜所
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この記事を書いた人
ケリー狩野智映フリーライター/翻訳者/メディアコーディネーター
大阪生まれ。1994年関西学院大学法学部政治学科を卒業後に渡英し、英国バーミンガム大学にて修士号取得。1995年渡仏。1999年ルノー本社広報部に入社し、数々の国際的な企画に従事。2006年アルストム・ホールディング広報部入社。スポンサリング&イベント担当。2008年に英国に戻り、フリーの翻訳者、コピーライター、メディアコーディネーターとして活動。2020年スコットランド北部ハイランド地方に居を移し、2022年よりフリーライターとして日本の様々な媒体に寄稿している。