[遠藤功治]【米の厳しいNOx規制が引き金】~VWディーゼル車排ガス規制不正問題 2~
遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)
「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」
VW、今年1-6月でトヨタ自動車を販売台数で抜き世界1位、ゴルフ・ビートル・ポロ・パサートと、日本でも人気車種が多く、きびきびしたハンドリングと軽快な走りで永らく輸入車で販売トップ、中国では日本車各社に大きな差をつけ断トツで販売首位、先日辞任した前名物社長のウインターコーン氏は、2018年までにトヨタ自動車を抜いて、世界販売台数で最大の自動車メーカーになることを目標に全力を傾けました。
その達成のため、マルチブランドでの拡販(Audi・Seat・Skoda・Lamborghini・Bentley・Bugatti等)、世界最大市場である中国での販売台数の大幅積み上げ、ディーゼル車を中心とした環境性能技術のアピール、そして、中国に次ぐ世界第2位の市場である米国での販売増など、積極的な拡販を実施しました。
モノづくりでは、モジュールツールキット(MQB)という戦略を導入、現在トヨタが実施しようとしているTNGA(Toyota New Global Architecture)、日産が既にルノーと実践しているCMF(Common Module Family)の先駆けとも言える開発・生産方法を生み出しました。これによりコストを削減、開発期間を短縮化するというもので、世界的に高評価を得ていました。
この戦略は成功しつつありました。Audiは高級車部門で躍進を続け、VWの中国販売は断トツのシェア1位、ハイブリッド車に対抗したディーゼル車のアピールにも成功、結果として今年1~6月で初めてトヨタを販売台数で抜いた訳です。ところが唯一、誤算が生じたのが、米国での販売不振です。トヨタに追いつき追い越し、環境面でも車のパフォーマンスでも、名実ともに世界一になるには、米国市場での大幅な台数上積みが必要でした。
実際、ビートル、その後ゴルフ(ラビットと改称された時期もある)で、1960年代から80年代にかけて、一度は米国で大成功したVWですが、その後日本車に席巻され、米国生産から撤退、その後また米国に再上陸、2011年にはようやくテネシー工場でのパサートの生産にこぎつけたばかりでした。
ところがこのパサートが売れない。今年1-8月でカムリやアコードが20万台を軽く販売する市場に於いて、パサートは5万台そこそこの販売台数。VWブランド全体でも昨年は10%減でシェアは僅か2.2%、今年も1-8月累計で2.8%減と、減少傾向が続いています。米国全体の自動車市場が、今年は10年振りの活況に沸き、大半のブランドが販売を伸ばしている中、VWの販売だけが不振のままという状況でした。
VWは2009年頃からこの不正に手を染めていたとも言われています。つまり、世界拡販、米国での販売台数増、それも大幅な台数上積みによりトヨタを抜くという計画を開始した頃でしょう。中国は大丈夫、欧州もホーム市場かつディーゼル車の本場であり、後は米国で台数を伸ばすだけ、どのような戦略で伸ばすのか、やはり本家本元、強い筈のディーゼル車でアピールする、トヨタやホンダがハイブリッド車で米国に攻勢をかける、これに対抗しVWは、燃費や環境基準の水準でトヨタを凌ぐだけでなく、ハンドリングや運動性能も犠牲にしない環境車で攻勢をかける、これがVWの米国再成長のロードマップの筈でした。結果は取り返しのつかない失敗でした。
3、米国での非常に厳しいNOx基準とディーゼル車の対応
今回問題になったのは“defeat devise (ディフィート・デバイス)””defeat”とは”負かす、不作動にする、無効にする“と言う意味。”devise”は装置です。今回の場合は、”無効化機能“などとも呼ばれます。米国の環境基準局であるEPA(Environmental Protection Agency)が、排ガス基準をクリアしているかテストする訳ですが、基準をクリアするために取り付けた浄化機能装置を、テストの間だけ作動させて基準をクリアし、販売後に実際ユーザーが運転する時は、その機能を停止・低下させるという違法プログラムが今回のケースで摘発されたものです。米国でも欧州でも日本でも、このような機能の使用は禁止されています。
では何故、このようなプログラムを取りつけたのか。ここで問題になるのは、NOx(窒素酸化物)の排ガス規制と、米国で使用されている硫黄分が極端に高い低品質の軽油の存在です。一般に自動車の排ガス規制といえば、NOx、CO2(二酸化炭素)、PM(粒子状物質)の3つの規制を指します。この3点に於いて、全ての基準値を満たす必要がある訳ですが、欧州ではCO2規制により重点が置かれますが、日本や米国ではNOxの規制により力が入れられる傾向にあります。
実際、その規制値は日本・米国・欧州で異なっています。今回問題になっているNOxの規制値では、実は米国が日本や欧州よりも2倍も厳しい基準を持っています。また米国でも特に環境に厳しいと言われるカリフォルニア州では、新車販売時だけではなく、使用開始後、永い場合は20年にも渡って、排ガスの規制値をクリアしていることが義務付けられているのです。
ディーゼル車は当然、軽油を使用します。米国で流通している軽油の大半は、日本で流通している軽油に比べると、硫黄分が1.6倍含まれていると言われます。硫黄分が高いと、排気ガスを浄化する触媒に使用される白金(プラチナ)の劣化を早くする、という難点があります。また若干専門的になりますが、この低品質軽油は“セタン価”が低いため(ガソリンのオクタン価に相当)、着火がしにくく、高温で点火する必要がある、すると“スス(PM)”が多く出でしまう、という難点もあります。
つまり、米国には非常に厳しいNOx規制値が存在し、ディーゼル車は非常に低品質である軽油を使用しなければいけないという、クリーンディーゼル車を発売するにあたっては、なかなか難しい環境があるのです。日本でSKYACTIVエンジンを開発、CX-5やCX-3でディーゼル販売を増やしているマツダが、米国で今だにディーゼル車を販売していない主因の一つが、この問題です。
米国基準をクリアする技術はある、だがこの低品質の軽油の問題もあり、触媒の劣化が早く進む、すると環境基準を長期に渡って維持することが出来ない、耐久性を保つためには、実際の走行中に浄化機能を弱めて(止めて)、触媒を永く持たせる工夫をした、ということが考えられます。
今一つは車輛性能との両立の問題。ハイブリッド車でもありますが、環境性能を最適化するには、車輛の走行性能をある程度犠牲にしないといけない、なかなか両立が難しい、という現実問題です。例えば、EGRを作動させると燃費が悪化、スロットルの応答性が低下する、エンジン出力も低下しトルクが出ない。環境性能にせよ、車輛性能にせよ、全てを完全最適化することが出来ない、全てをカバーしようとするとコストも上昇する。意図的にあちらを犠牲にすることで、こちらを立てる、ということでしょうか。
(本シリーズ全4回、この記事は【VWショック、発端は米国】~VWディーゼル車排ガス規制不正問題 1~の続きで、【日本車メーカーへの影響は軽微】~VWディーゼル車排ガス規制不正問題 3~に続きます)