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.国際  投稿日:2015/10/8

[岡部伸]【国連総会で「ヤルタ」意義強調したプーチン大統領】~北方領土交渉で強硬姿勢~


岡部伸(産経新聞編集委員)

岡部伸(のぶる)の地球読解」

執筆記事

ロシアのプーチン大統領が9月の国連総会で、シリアで勢力を広める過激派組織「イスラム国」打倒のために反テロ国際連合創設を呼びかけ、第2次大戦時にナチス・ドイツと日本を共通の敵として戦後世界の東西分割を協議し、国連新設を決定したヤルタ会談の意義を強調した。

ルーズベルト、チャーチル、スターリンの米英ソ3巨頭が確執を克服し、戦後の国際秩序を定めたヤルタ会談では、もう一つ重要なことが秘かに決められた。ドイツ降伏3カ月後にソ連が対日参戦する見返りに南樺太と北方四島を含む千島列島をソ連領とする極東条項。いわゆるヤルタ密約である。

このヤルタ密約を根拠にソ連は、中立条約を破棄して事実上、「無通告」の闇討ちで満州(中国東北部)や北方四島に侵攻した上で占領し、現在も後継国家ロシアは「第二次大戦の結果、自国領になった」と北方領土を領有する正当性を主張し続けている。

これまでもプーチン大統領は「ロシアが積極的な役割を果たして達成したヤルタ合意こそ世界に平和をもたらした」とヤルタ会談を戦後の国際秩序の出発点と評価し、ロシア側は日露次官級協議などの平和条約交渉でヤルタ密約をサンフランシスコ講和条約、国連憲章の旧敵国条項などとともに北方領土領有の根拠にあげて来た。

プーチン大統領が国連総会で広範な反テロ国際連合構想を呼びかけ、改めてヤルタ会談の意義を持ちだした背景には、ウクライナ危機、シリア問題などで欧米諸国との緊張が高まる中で、米英と同じ戦勝国の一員であったことを強調して反「イスラム国」対策で主導権を握ると共にヤルタ密約による領有の正当性を強調することで北方領土交渉において譲歩はしないという強硬姿勢を内外に示す狙いがあったと観測されている。

しかし、ヤルタ密約は、連合国首脳が交わした軍事協定にすぎず、条約ではない。国際法としての根拠をもっていない。さらに当事国が関与しない領土の移転は無効という国際法にも違反しており、当事国だった米国さえも法的根拠を与えていない。共和党のアイゼンハワー政権は1956年に、ヤルタ秘密議定書は、「ルーズベルト個人の文章であり、米国政府の公式文書ではなく無効」との国務省声明を発表しており、2005年にはブッシュ大統領がラトビアのリガで「史上最大の過ちの一つ」と批判している。

大統領の強硬姿勢と軌を一にしてロシア側の領土交渉の担当者であるモルグロフ外務次官が北方四島はロシアに合法的に移転したので、日本との領土交渉には応じないとの極端な立場を表明している。日本政府はプーチン大統領の訪日を目指しているが、前進が期待出来ない北方領土交渉には曲折が予想される。

トップ画像:出典 外務省HP資料「われらの北方領土(2013年版)」キャプチャ

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