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.国際  投稿日:2015/7/25

【北方領土軍事インフラ工事進めるロシア】~メドヴェージェフ首相、北方領土訪問発言の背景~


小泉悠(未来工学研究所客員研究員)

執筆記事プロフィールblogWeb

7月24日、ロシアのメドヴェージェフ首相は来年からスタートする「2025年までのクリル諸島経済社会発展計画」に関する閣議に出席した。「クリル諸島」というのは北方領土を含む千島列島のロシア名だが、北千島のシムシュやパラムシル島を除くと人が住んでいるのは択捉以南の「南クリル」、すなわち北方領土だけであるから、事実上は北方領土開発計画と言える。

ロシアは以前から北方領土に多額の投資を行い、一時は荒廃し切っていた北方領土に最低限の社会インフラや産業が整い始めてきたことは、一昨年、筆者が国後・択捉両島を訪問した際のレポでお伝えした(いずれもYahoo!ニュース個人)。

北方領土に行ってみた(1)

北方領土に行ってみた(2)

北方領土に行ってみた(補遺)

今回の閣議で、メドヴェージェフ首相は、北方領土が極めて資源の豊かな特別の場所であると指摘し、北方領土開発をさらに加速させる意向を示した。具体的には、新たな「クリル発展計画」の予算を、前計画(総額267億ルーブル)から約3倍増となる700億ルーブルに増額し、交通インフラの整備や観光の振興を図るという。また、防災、医療、教育の改善も重点項目に挙げられた。

メドヴェージェフ首相の北方領土訪問表明

何よりショッキングであったのは、この閣議の席上で、メドヴェージェフ首相本人が近く北方領土を視察する意向を示したことである。メドヴェージェフ首相は大統領時代と合わせてすでに北方領土を2度訪問しており、実現すればこれで3回目となる。

これに対して日本政府からは岸田外相が「受け入れがたい」との声明を発表したものの、今のところロシア政府からの公式の反応は見られない。また、北方領土では最近、ロシア政府高官の訪問が相次いでいる。多くは北方領土に新たなインフラ施設がオープンしたタイミングで、今年に入ってからは択捉島の新空港完成式典にイワノフ大統領府長官が、今月には色丹島の病院完成式典にスクボルツェヴァ保健相が訪問したばかりである。

軍事力近代化も

さらにメドヴェージェフ大統領は、北方領土の軍事インフラ再建にも言及。北方領土がロシアの国境を防衛できるよう努力を結集すると述べた。また、今回の閣議にはショイグ国防相が参加した。ロシアは今年6月に入って以降、以前から進めていた北方領土における軍事インフラの近代化工事を本格化させているが、軍人家族用の病院や幼稚園など、民生用計画と重複するものは統合してしまってはどうかと提案した。

昨今のロシア経済危機を受けてロシアの国防予算も(他省庁に比べれば優遇されてはいるが)削減のあおりを受けており、こうした施設関連費はなるべく節約したいという思惑があると思われる。

さらにショイグ国防相は閣議後、国防省で定例の幹部会議に出席。この席上で北方領土のインフラ建設に再び触れるとともに、今年9月までに北方領土駐留部隊の施設建設を大部分完了させ、年内には完工させるとの見通しを示した。

メドヴェージェフ発言の背景

この数ヶ月、北方領土問題を含むロシアの対日姿勢には明らかな変化が見られる。以上で挙げた北方領土の開発や軍事力整備に加え、6月には択捉島に残されていた最後の日本時代の建築(紗那郵便局)が取り壊された。また、7月には、ロシアの排他的経済水域であらゆる流し網漁を禁止する連邦法が成立し、来年1月1日から施行されることとなった。

現在、ロシアの排他的経済水域で流し網漁を行っているロシア漁船は極東の17隻に過ぎないのに対して、日本からは倍以上が出漁している。ロシア側は資源保護目的を強調しているが(特にカムチャッカの漁業者は流し網漁業を行っておらず、遡上してくるサケやマスが洋上で捕獲されてしまうことに不満を示している)、日本を意識した動きではないかとの疑いは拭えない。今月に入ってから日本漁船がロシア国境警備当局に拿捕されたこともこうした流れに関係していると見られる。

問題は、プーチン大統領の訪日が取り沙汰される中で、これに逆行するように対日強硬策を繰り返す意図である。これがロシアなりの交渉術であるのか、ロシア政府内で対日政策に関してロシア政府内で見解の相違が生じているのか。今のところ信頼のおける情報は見られないが、9月に中国で開催予定の対日戦勝記念70周年記念式典に向けてさらなる動きがあるかどうか、注目される。

(この記事内のリンクを読むには http://japan-indepth.jp 上にてお読みください)

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