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.国際  投稿日:2015/11/17

[清谷信一]【仏同時テロ:中東独裁国家への歴史的介入が原因】~難民急増の深層 その1~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

14日に発生したパリのテロ事件は憎むべき行為である。いかなる理由があろうともテロは許容できない。個人的にはパリには友人、知人も多数住んでいる。また本来筆者は今週パリで開催される軍事見本市を訪れる予定だった。そうであれば週末にパリに入っていたはずで、テロに巻き込まれる可能性も皆無ではなかったろう。パリでのテロは他人事ではない。

だが、その一方、これまで欧米政府ももとより、一般市民に至るまで、中東やアラブ世界に対する自分たちのビヘイビアに対して鈍感でありすぎ、それが多くの紛争や混乱を生み出してきた。それが昨今の中東から欧州への大量難民が発生した原因でもある。敢えて誤解を恐れずに率直に申し上げれば、それは欧米の傲慢である。

イラク戦やシリア政府に対する反政府工作を行わなければ自称イスラム国も現れず、大量難民も発生しなかったはずだ。その事実に目を向けずテロリストを非難し、自らを善と信じ、テロリストを悪と断罪して「テロとの戦争」ても、問題の根本は解決できず、テロは続くだろう。

かつて欧州ではIRAのテロが猛威を振るったが、アイルランド独立派が「絶対悪」だったろうか。英国側にも相応の落ち度があったはずだ。同じキリスト教徒同士でもこのような骨肉の争いが長年続いたわけであり、まして宗教も人種も、習慣も違う人を理解せず、彼らに対して自分たちの行ってきた所業を反省することなく武力の行使を行うのは野蛮ですらある。

欧米諸国、特に欧州の大国であるフランス、英国などは大戦後に独立した国々にあれこれ紛争や諍いの火種を残した。その件に関しては「時効」であるとし、不問にするとしても、欧米は戦後も武器の売りつけや、政治的不和を煽る工作、旧宗主国としての利権の温存を継続して行ってきた。その富の収奪が先進国として生活を維持する糧の一部となってきた。その利権の温存のため独裁国家への武器の売却、武力介入、政治的な圧力や介入なども含めて、かなり汚い手も使ってきた。

70年代のイラン・イラク戦争にしても欧米諸国は両陣営に武器を売りつけ、サダム・フセインを自ら強大化させた。

そして90年代にはサダム・フセインは大量破壊兵器を持っている、アルカイダと通じている、という子供でも疑うような流言の様な情報を元に、彼を排除して民主化すればイラクは「民主国家」で平和になる、と世論操作を行い、2003年にはイラク戦争を起こした。その結果、イラクでは民主国家ができるどころか、官僚機構が崩壊し、部族、宗教間の対立が起こって、内戦状態となり、政府は汚職にまみれて当事者機能を失っている。それが多くの難民を生み出した。

またシリアのアサド政権も独裁国家であり、国民を弾圧している、だから倒すべきだと内乱教唆し、反政府勢力に武器を渡すなどの工作行ってきた。これらの「火遊び」がISを産み、現在の混乱と多数の難民と、死傷者を出す原因となっている。

ところが愚かにも欧米特に欧州の世論、人権派と称する人たちまでもがこのような「民主化」を支持してきた。無論、民衆を弾圧する独裁よりも民主国家の方がいいに決まっているだが、現実は算数のように単純ではない。

中東やアラブ世界、アフリカなどでは部族社会があり、部族や宗教的な対立が強く、それが容易に虐殺や弾圧に繋がる。独裁政権であるからこそ、なんとか国家としての仕組みを維持し、治安を安定している国々が多数派である。独裁の強権で押さえつけているからこそ、なんとか国が持っている。

それはムバラクの独裁政権を倒した「民主国家」となったエジプトの現状をみればあきらかだ。それに、例えば独裁者を倒し、普通選挙を行い、イスラム原理主義的な国家が成立しても、それは民主的な手続きを踏んだものであり、それが先進国が望む形の「民主国家」では無くなる可能性は極めて高い。

率直に申し上げて、現在のイラクや中東の混乱、悲劇を目の当たりにすればサダム・フセイン政権のありようは「善政」であったように見えるだろう。国家-独裁者=民主国家という方程式は成立しない。独裁国家の現状は確かに良くはないが、最悪ではない。であれば時間をかけて粘り強く民主化を求めていくべきだった。

その2に続く。このシリーズ全2回)


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