日本の空母保有は現実的か?~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その3~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
「いぶき」が早期警戒機として採用するならば、現実的な案としては英海軍が新型空母「クイーン・エリザベス」ように採用した航空機搭載型早期警戒(AEW)システム、「CERBERUS」を採用することだろう。これは英海軍が運用するAW101「マーリン」HM.2ヘリコプターに搭載するもので、ロールオン・ロールオフタイプのために汎用ヘリを利用することができる。海自の運用している掃海・輸送ヘリ、MCH-101はこの派生型で、「CERBERUS」の運用が可能だ。「CERBERUS」は吊り下げ式のドームに収容された機械式パルスドップラー・レーダーとミッションシステムから構成されている。レーダーは対空(ルックアップ・ルックダウン)のほか、地上の移動目標探知モード、地上監視モード、沿岸監視モードなど多様なモードを備えており、同時に3つの異なるモードの運用が可能となっている。
ミッションシステムは優れたデータリンク機能を持ち、秘匿化されたデータリンクを用いることで、部隊内へのレーダー情報の送信や、リレー通信も可能となっている。またESM、IFF、AISといった他のセンサー情報と、レーダーが得た情報を統合して整理する能力も備えており、ミッションオペレーターの負担も軽減する。
早期警戒用として「CERBERUS」を採用するならば訓練用も含めて4~5数セットは必要だろう。また相応のヘリも必要だ。海自では現用のUH-60Jの後継として、いずもなどに搭載する現在輸送や救難を目的とした新型ヘリ(UH-X)の調達を行う予定だ。その候補としてアグスタ・ウエストランドのAW101と海自が運用している三菱重工が生産している対潜ヘリSH-60Kや既存のUH-60Jをベースにした汎用ヘリが候補に上がっているが、後者は機体が小さすぎ、またランプドアが無いために「CERBERUS」の運用ができない。
実際問題として現在の海自の護衛艦隊も早期警戒機は必要だ。その点を考慮するならばAW101を採用すべきだ。早期警戒機として使用が可能であるだけではなく、輸送量が大きく、ランプドアを有しており、大きな貨物も輸送できる。更に機体としては既存のMCH-101と同じであり、MCH-101シリーズとして機体の分母を増やすことになり、機体の稼働率や整備、訓練が効率化できる。また救難にしてもSH-60KやUH-60Jは機材を搭載すると1~2名しか救助できないので、乗員が多いP-1哨戒機などが墜落した場合には事実上対処できない。だが、海幕内では三菱重工への配慮のためかSH-60KあるいはUH-60Jの改良型が有力のようだ。
早期警戒ヘリ(汎用ヘリ)を3~4機配備するとなると「いぶき」を中心とする水上艦艇4隻と潜水艦1隻の機動部隊では対潜哨戒が手薄になる。実際問題として「いずも」級ないし、「ひゅうが」級DDHを機動部隊に加えて、対潜哨戒はDDHで引受け、またF-35の予備の機体を搭載すれば機動部隊の戦闘力は格段に向上するだろう。いずも級ならば艦隊に給油もできるし、F-35Bに対する燃料補給や弾薬の補給の体制を整えておけば、万が一「いぶき」が被弾しても、継戦能力が維持でき、またいざというときに戦闘機を失わないための保険としても有用だろう。「ひゅうが」級はエレベーターのサイズが小さく、F-35Bを格納庫には収納できないから、これにはヘリだけを搭載すればよい。無論どちらのDDHもスキージャンプ台がないので、武装や燃料をフルに搭載することはできないが、戦闘機を全く運用できないよりも遥かにマシだ。
むしろ既存のDDHを旗艦とする艦隊に空母「いぶき」を編入する方が考え方としては常識的だろう。空母部隊を新たに編成するならば新た護衛艦が必要になるだろうが、既存の艦隊に空母を編入するのであればその必要もない(作品中では既存の艦を使用しているが、新たに護衛群が編成されている。だが各護衛群の規模を小さくしているのか、護衛艦隊全体で隻数を増やしたのかは不明だ)。
その他、早期警戒機としては中規模の無人機を開発してこれに、早期警戒システムを搭載するというのも手だろう。例えば英海軍のコンペでは「CERBERUS」に負けたロッキーUKの提案したAESAレーダーシステムを中型の固定翼の無人機に搭載すれば、ヘリよりより高い高度を、より長時間滞空できる。運用コストもヘリよりも大分安くなる。
ロッキード・マーチンUKのシステムはイスラエルのIAIエルタ製AESAレーダー「EL/M-2052」 を搭載したセンサーポッドを使用するもので、固定式なので全周を常に探知はできないが軽量であり、無人機搭載に向いている。何より既に製品として存在している。全通甲板をもつ「いぶき」やDDHであればこのような固定翼無人機を運用することもできるだろう。
機体は出来れば双発で、「いぶき」のエレベーターでハンガーに下げられるように、主翼を折り畳めるようにする必要がある。この種の無人機は現状存在しないので新たに開発する必要があるが、他の軽空母や揚陸艦を兼ねた多目的空母を持っている国々に輸出ができるかも知れない。
実際問題として防衛予算と人員(これも予算問題に含まれまれる)の上限を考えると空母導入はかなりハードルが高いだろう。しかも海自は今後大型の揚陸艦も建造予定である。何かと予算を喰うプロジェクトも多い。
軽空母を2~3隻導入するよりも、むしろ先述のようにF-35Bを基本的に地上で運用し、限定的に空母能力を有した、将来型の揚陸艦も空母機能を持たせて、多目的空母と既存の「いずも級」を必要なときに空母をとして運用すれば良いのではないだろうか。その場合、整備・補給部隊をパッケージ化しておき、必要な艦に搭乗させればよい。そのようなパッケージ化された部隊は離島などへの派遣も可能であり、戦術的な柔軟性は高くなる。
つまり「完全な軽空母」を2~3隻持つのではなく、空母としての能力は劣るがヘリ空母や揚陸艦など「空母としても使える艦」を5~8隻ほど確保しておくわけだ。その方が人員の有効活用、省力化の面でも有利だろう。
とはいえ、「空母いぶき」は十分なリアリティのある作品であり、今後作品がどの様な方向に展開するか楽しみだ。このような作品を通じて現実の防衛問題に対する頭の体操をしてみることも有用ではないだろうか。
(この記事は、
【海上自衛隊、空母を持つ野望】~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その1~
【軽空母の能力を最大にする為には】~マンガ「空母いぶき」のリアリティ その2~
の続きです。本シリーズ全3回。あわせてお読み下さい)
※トップ画像:出典 HMS Queen Elizabeth / Miyagawa(フリー百科事典wikipedia)