[林信吾]【ロンドン五輪・赤字の原因:オリンピックの6個目の輪 その5】~経済・財政から見る五輪~
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
2012年ロンドン五輪の直接の収支は、開催費用23億8000万ポンドに対し、入場料収入やTV放映権料などが24億1000万ポンド。3000万ポンドの黒字だということになっていた。もちろんこれは、英国政府筋のプロパガンダに過ぎない。多くを語るまでもなく、上記の数値はあくまで「直接の」数値であって、インフラ整備やテロ対策などの支出を度外視している。「本当の」収支は、そうした投資による経済効果を加味しても、なお赤字になったのだと前回報告させていただいた。
そんなことになった理由の第一は、当初想定されていなかった支出が多く、しかもその支出を圧縮(節約)できなかったことにある。たとえば、選手村の建設予定地として買収された,ロンドン東部のリー・バレー地区は、産業革命時代の産業廃棄物処分場跡地であったため、重金属やタール等による土壌汚染が深刻だった。その土壌入れ替えのためだけに、27億ポンド(私は1ポンド=200円で計算することを推奨している)という巨額の支出がなされ、なおかつその事実が公表されていなかった。2009年10月末、開催まで残り1000日となって、花火大会などのイベントが催されたが、まさにそのタイミングで、この支出隠しがマスコミに素っ破抜かれるというオマケまでついた。
第二は、話としては前後するのだが、2008年秋の世に言うリーマン・ショックである。選手村の建設費用として、民間からの協賛金10億ポンドを期待していたのだが、これが取らぬ狸の皮算用に終わってしまった。
窮余の一策として、宿舎を3人部屋にする案まで検討されたほどである。これはさすがに、各国の選手団からヒンシュクを買うだろう、ということで見送られたが、建設予算は大幅に削減され、なおかつ大会終了後は公営住宅に転用できるよう再設計されたため、有り体に言えば安普請になってしまった。
前回述べたとおり、1980年代以降の五輪は、TV放映権料とスポンサー収入に大きく依拠して運営されているが、これまたリーマン・ショックでどのような影響を受けたか、多くを語るまでもない。
端的な例を挙げれば、五輪担当相・主計総監であったテッサ・ジョウエル氏までが、
「これほどの不況に見舞われると分かっていたら、招致などしなかったものを」
などと嘆いたほどである。
当時英国の新聞のゴシップ欄を賑わした話題だが、エリザベス2世女王が、大学で経済学を講義する学者達を昼食に招いて、
「あなたたちは、どうしてこのような事態を予測できなかったのですか?」
とご下問になった。答えは、概略以下のようであったそうだ。
「おそれながら陛下、経済学を物理学にたとえて申しますと、恥ずべきことに、未だニュートンが出現する以前の段階にとどまっているのでございます」
経済は生き物だ、という言葉は、日本では割と耳慣れているし、また、私程度でも経済学と市場予測はまた別の概念だということくらいは知っているが、専門の学者の口から、
「リンゴはいつか木から落ちるものでしょう」
などと聞かされては、さすがに釈然としない。ともあれリーマン・ショックを予測できなかったことが、ロンドン五輪が赤字に終わった理由のひとつであることは間違いない。
そして第三の理由は、観光客が期待していたほどには集まらなかったことだ。BBCなどの推計によれば、五輪開催期間中にロンドンを訪れた観光客は、開催しなかった場合に比べて、せいぜい1万人程度しか増えなかったという。これまたリーマン・ショックの影響も見逃せないが、
「五輪でホテル料金などが暴騰している」
という噂が広まったことが決定的だったらしい。
他にも色々な逸話があるが、ロンドン五輪について知れば知るほど、2020年東京五輪が不安に思えてくるのは、私だけであろうか。