「日本の報道」を憂う イラク北部の街から
久保田弘信(フォトジャーナリスト)
インド滞在中にNHK WORLDを見た。福島で連日数百万トンの汚染水が海に垂れ流されているというニュースだった。日本人で日本に住んでいるのに大量の汚染水が海に垂れ流されているのを知らなかった。
僕がインドに来てから流され始めたニュースなのかと思い、日本に確認してみると日本国内向けのNHKニュースでは汚染水のニュースは流されていなかったという連絡が来た。
NHKは先進国日本を代表する報道機関として福島原発事故のその後を報道する義務がある。NHK WORLDはその義務を果たし、世界に福島の現状を伝えている。しかし、同じニュースを日本国内に伝えないのは何故か。
現在、僕はイラク北部の街アルビルに滞在している。北朝鮮が打ち上げた「ロケット発射」のニュースはこちらで見ることができる英語ニュースBBC、アルジャジーラ等で連日報道されている。両局はロシア戦闘機のシリアへの空爆についても連日報道している。
数百どころか数千チャンネルある衛星放送の中からようやくNHK WORLDを発見した。 もちろん、NHK WORLDでも北朝鮮の「ロケット発射」のニュースを報道していて、アナウンサーは何度も「ロケット」という言葉を使っていた。ところが、同じニュースが日本国内に報道される時NHKは「ロケット」ではなく「ミサイル」という言葉で報道されている。
実際に衛星軌道に達したことを考えると今回はミサイルでなく「ロケット」であったわけだ。海外のニュースも日本のニュースも今回の「ロケット」発射実験によって将来的にICBM(大陸間弾道弾)の開発が危惧されると伝えている。北朝鮮の核開発、ミサイル開発には近隣国家の日本として注目するのは当然だし、最悪の状態を避けるために迎撃態勢を整えるのは必要なことだと思う。
しかし、今回のロケットは今まで北朝鮮が日本海近郊に落としたミサイルとは軌道も初速も違う。衛星軌道に達したことで今回のロケットは最低でも秒速7.9Km、時速にすると28,400km以上の速さで飛んで行ったことになる。衛星軌道を目指して打ち上げたとしても地球の自転があるため、下から見れば日本の南方への軌道となる。 多段式ロケットのため4つほど落下物があったらしいが、宇宙空間へ向かって飛んでいくロケット本体の迎撃は不可能だ。
ちなみに北朝鮮と日本の距離はおよそ1200キロ。 もし北朝鮮からミサイルが日本へ向けて発射された場合、東京あたりに着弾するまでの時間は8~9分程と予想される。 果たしてイージス艦のSM-3とパック3で迎撃が可能かどうか、それは発射をどれだけ早く探知できるかどうかにかかっている。
今回のロケット発射が衛星そのものを打ち上げることより、将来的なミサイルへの実験であることは明らかだ。NHK WORLDは世界標準に近いニュースを流した、一方で国内向けのNHKはミサイルという言葉を多用し、北朝鮮の脅威を強調する内容のニュースを流した。国際ニュースが他国と比べて圧倒的に少ない日本で、前述のロシア戦闘機のシリアへの空爆について報道されないのは100歩譲って理解できる。しかし、北朝鮮の「ロケット」「ミサイル」発射という同じ項目のニュースのテイストが海外向けと国内向けでかなり違うことには違和感を覚える。
総務相の「電波停止」発言も含め、日本の報道を取り巻く環境はかなり厳しい。日本において表現の自由が侵され始めているという懸念があり、国連の「表現の自由」に関する特別報告者の来日が昨年の12月に予定されていたが、日本政府は土壇場でキャンセルしてしまった。 国連との合意がなされた公式訪問を土壇場でキャンセルするのは民主主義国家としては異例の対応だ。しかし、そのことさえ、日本のメディアは大きく報道することがなく一部の人のみが知る事実となっている。
唯一の救いはインターネット。既存のメディアが報じないことをネット上で報じることができる。アラブの春がどうやって始まったか、それはインターネットによる情報の拡散からだった。チュニジアから始まったアラブの春はシリアを越えて、イエメンまでやってきた。アラブの春の終着駅は中国だと思っていたが、今では日本ではないかと思う。急激な革命は必ず血が流れる。日本でアラブの春が起こらないようにするためにも、もう一度日本の報道を考えたい。
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この記事を書いた人
久保田弘信フォトジャーナリスト
岐阜県出身。大学で物理学を学ぶが、スタジオでのアルバイトをきっかけにカメラマンの道へ。パキスタンでアフガニスタン難民を取材したことをきっかけに本格的にジャーナリストとしての仕事を始める。9・11事件の以前からアフガニスタンを取材、アメリカによる攻撃後、多くのジャーナリストが首都カブールに向かう中、タリバンの本拠地カンダハルを取材。2003年3月のイラク戦争では攻撃されるバグダッドから戦火の様子を日本のテレビ局にレポートした。2010年戦場カメラマン渡部陽一氏と共に「笑っていいとも」に出演。