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スポーツ  投稿日:2016/2/28

限界を突破する技術とは


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

人間が走っていると最初は息が上がってきます。うまく姿勢を保ちながら呼吸のリズムを整えるように意識をすると、もう少しその状態を引っ張れます。もしスピードが速ければ呼吸よりも足やお尻が熱くて動かなくなっていきます。業界用語でケツ割れと言います。それも一度限界だと思ったところから、腕を振ったり、姿勢や動きを変えると少し踏ん張れます。陸上選手はこういった練習を繰り返し、限界だと思ったところでうまくしのいでさらなる限界に至るというやり方を覚えていきます。

引退してから、力を出し切るということは技術なんだなと思いました。あまり走ってきた経験がない人と走ると、本人の限界は先だったとしても、その手前で諦めてしまい、踏ん張りきれないわけです。その本人の視点から言えば、限界に達したのでやめたというだけなのですが。

仕事をしていて、文章を書いたりコンセプトを練ることがよくあるのですが、人よりも没頭の度合いが大きい気がしています。私の人生は勉強とは無縁でしたし(高校時代の数学は8点!)、子供の頃はそれほど深く集中した印象がありませんから、自分では競技で手に入れた能力だと思っています。

人間は全力を出したり、力を出し切るということは最初はできなくて、体験することでその技術を覚えていくのではないかというが私の考えです。そして、その技術は一旦覚えてしまえば、程度の違いはあれど、他の世界でも応用可能なのではないでしょうか。

限界を超える経験をしたことがない人がいう限界は、私たちの視点でいう手前になるわけですが、当然その人たちはそう思っていません。限界を超える経験をした人は、何事もこの辺が限界かなと思ってから実はその奥があるのではないかと考える傾向にある気がします。自分が今思っている自分の範囲より、本当はもっと広い範囲まで自分はあると思えるということでしょうか。

限界付近はしんどいことがほとんどです。その時のしのぎ方は、長距離であれば頭の中で何を意識するのか、または呼吸やリズムになるそうです。短距離であれば姿勢です。しんどさを真正面に受けるのではなく、うまくしのげるようになるかどうかが限界を突破する上で大切なことではないかと考えています。


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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