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.社会  投稿日:2016/1/30

閉じられた世界の人達はなぜ弱い~外部の厳しい競争に揉まれてこそ強くなる~


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

昔は陸上競技でも、選考で皆が首をかしげるような決定が成されたことがありました。選考基準が明確ではなかったり、例外的な措置が成されたりと、当確ラインの選手はヒヤヒヤしたものです。こうした選考基準を曖昧にしておくことで、スター選手が落選する時に救済したり、または目利きで今はまだ実力不足だけど将来伸びそうな人間を入れられるというメリットがあります。一方で選手が組織内論理で動くようになるなどデメリットもあります。

スポーツの世界もそうですが、組織内論理というものはどこの世界にも存在するように思います。偉い人に取り入れないと損をすることも多いですし、ちゃんと組織の中で空気を読まないと痛い目をみます。チームスポーツであれば多少なりとも監督の好き嫌いは選考に影響しているのではないでしょうか。企業であればなおさらかと思います。

水泳競技のここ十数年の成功について、要因が複雑に絡んでいる中で、これだと言い切るのは乱暴かもしれませんが、私は一つに選考基準の明確さが影響していると思っています。選手は組織内政治を全くする必要がなく、明確な基準によって代表に選出される。そうなると選手にするべきことはただ強くなることの一点に絞られるので、皆そちらに向かうことになります。

長期的に見て、実際の実力ではなく、組織の中で誰か権力を持っている人間が恣意的に(目利きという観点ではなくただの好き嫌いで)人を選ぶというシステムは、選手の弱体化を招きます。より強くなることよりも、組織の中で上手に振る舞う方が評価されるのであれば、人はそのように適応します。そして組織内の政治に最適化された選手は、外部の競争にはいずれ勝てなくなります。組織内で偉い人のほうを向いている間に、外部ではより厳しい競争環境によって才能ある選手がさらに揉まれてより素晴らしい選手になっているからです。

最近の日本社会では、未来永劫閉じられたままでいくはずだった世界が、急に外圧や社会環境の変化により開かざるをえない状況に追い込まれているのだけれど、でも開いたら最後外部で揉まれてきた人が流入してきて厳しい勝負を迫られるから、なんとか必死に門を閉じている風景をよく目にします。しかし、門は守りきれないのは明白で、そうであればなるべく早く開いて揉まれるしか無いと皆うすうす感じているのではないでしょうか。

アメリカではアメリカンアイドルという完全多数決によるスター選出システムがあります。トップ8の人たちの実力はとても高いように素人ながら感じます。あれなども後ろにはそれなりに事務所が暗躍したりとかあるのかもしれませんが、多数決システムを持つことにより随分健全な競争がなされているように思います。

白日の下での厳しい競争は頂点を高くします。監督にお歳暮を送った方が選考に有利な社会では、選手たちはお歳暮選びに一生懸命になっていきます。


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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