ゴーンと司法
.国際  投稿日:2016/3/12

金融自由化を迫り中国軍拡を止めよ!


田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)

「田村秀男の“経済が告げる”」

北京では毎年恒例の全国人民代表大会(全人代、共産党が仕切る国会)が3月5日から開催中だ。会議の前日、2016年度の国防費が前年度実績比7~8%増になる見通しが発表された。依然として国内総生産(GDP)の成長率を上回る高水準だ。日米が反発しても、習近平政権はどこ吹く風だ。が、通貨・金融面から見れば、軍拡にブレーキをかけることはできることを本欄で論証しよう。

軍事とはしょせんカネがものを言う。筆者のみるところ、中国の軍事費膨張を可能にしているのは、中国の通貨制度である。中央銀行が供給する資金は「マネタリーベース」と呼ばれるが、党が支配する中国人民銀行が外部から流入するドルなど外貨を商業銀行から買い上げ、マネタリーベースをその分増やすというのが、基本的な中国のマネー創出システムである。08年9月のリーマン・ショック後、米連邦準備制度理事会(FRB)は3度にわたる量的緩和(QE)に踏み切り、14年10月のQE終了時点で、リーマン前に比べたドルの資金供給(マネタリーベース)残高を4倍増やした。ドル資金の増加相当額にほぼ見合う外貨が新たに中国に入り、人民銀行はやすやすと米QEによるドル増加額並みの人民元資金を追加供給してきた。

人民銀行から商業銀行につぎ込む人民元資金は不動産開発向けなどに融資される。さらに預金となって銀行に還流し、銀行は新たに融資するという「信用創造」が活発になる。人民銀行が資金を新たに1供給すると、現預金はその5倍以上増えている。その比率は「貨幣乗数」と呼ばれるが、最近のデータでは日本は0・4、米国は1程度である。中国のマネーを増殖力は図抜けている。中国の現預金総額は2015年末で21・6兆ドル(約2600兆円)、実に日本の2・8倍、米国の1・7倍に達した。

以上の構造を念頭に置いた上で、グラフを見ていただこう。
米中のマネタリーベースと中国の軍事費の推移である。一目瞭然、中国の軍拡はリーマン・ショック後に加速している。上述の通り、リーマン後のドルのQEとともに、人民元のマネタリーベースが飛躍的に拡大し、それに引き上げられる形で軍事費が膨張している様子がわかる。マネタリーベースの5倍以上の速度で現預金総量が増え、しかもそのドル換算額は元の対ドル相場管理のために安定している。膨らむマネーを背景に軍事費に資金が投入されるわけである。

人民元はことし10月から国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)構成通貨として加わり、円を押しのけてドル、ユーロに次ぐ世界第3位の国際主要通貨の座に着くことが昨年11月のIMF理事会で決まった。IMFへの資金の出し手としては最も気前のよい日本は米国を説き伏せて、阻止できたはずだったのだが、財務官僚は「SDR入りに実質的な意味はない」とうそぶいて、北京が繰り出す根回しのなすがままにまかせた。

人民元が国際通貨になれば、元決済に応じる国が増えていく。すると、北京はドルの流入を気にせずに元資金を存分に発行し、そのカネで軍事技術を導入できる。ドル資金調達難の中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)は元資金を相手国に融資し、軍事に転用できる高速道路や港湾をアジアで建設できるようになる。

軍事パワーの源泉が元であり、国際通貨になれば威力は何倍にも拡大しよう。アジア安保上の脅威は単に南シナ海での軍事基地建設にとどまらず、全域が中国の勢力圏になるという構図が見えてくる。

グラフを再度見よう。15年にはドル資金の発行減とともに元資金の供給量がガタ減りしている。このままだと、従来のような軍拡は資金面で行き詰まりかねない。習近平政権はこの制約を見て取ったからこそ、執拗に元の国際通貨化を求め、元のSDR通貨組み込みをIMFに働き掛けたわけである。ドルの制約から元を解き放てる道が開けるだろう。SDR通貨入りは中国の軍拡を後押しする。

北京はSDR化の条件として、金融自由化を約束しているが、逆に市場統制を強化している。国際公約違反も甚だしい。元にSDR通貨の資格がないことは明らかだが、親中派のラガルドIMF専務理事が白紙に戻すとは考えにくい。

とすれば、日本は逆手にとればよい。北京に約束通りの為替を含む金融市場自由化を迫ることだ。自由化すれば、中国からの資本逃避が加速し、元は暴落不安が高まる。価値が不安定な元を受け取る国はなくなり、国際通貨化は画餅に終わるだろう。人民銀行は元を乱発できず、軍拡にブレーキがかかる。

問題は財務官僚だ。OBの黒田東彦日銀総裁をはじめ、親中派が北京による資本規制を率先して唱え、現行体制温存をもくろむ習政権を喜ばせている。安倍晋三政権は通貨戦略を財務官僚にまかせるべきではない。


この記事を書いた人
田村秀男産経新聞特別記者・編集委員

1946年高知県生まれ

1970年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、日本経済新聞入社。ワシントン特派員、経済部次長・編集委員、米アジア財団(サンフランシスコ)上級フェロー、香港支局長、東京本社編集委員、日本経済研究センター欧米研究会座長(兼任)を経て2006年12月に産経新聞社に移籍、現在に至る。

その他、早稲田大学大学院経済学研究科講師、早稲田大学中野エクステンション・スクール講師を兼務。

主な著書:『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『経済で読む日米中関係』(扶桑社新書)、『世界はいつまでドルを支え続けるか』(同)、『「待ったなし!」日本経済』(フォレスト出版)、『人民元が基軸通貨になる日』(PHP出版)、『財務省「オオカミ少年」論』(産経新聞出版)、「日本建替論」(共著、藤原書店)、『反逆の日本経済学』(マガジンランド)、『日経新聞の真実』(光文社新書)、『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、「日本ダメだ論の正体」(共著、マガジンランド社)、「消費税増税の黒いシナリオ」(幻冬舎ルネッサンス新書)、「人民元の正体」(マガジンランド)、「中国経済はどこまで死んだか」(共著、産経新聞出版)、「世界はこう動く 国内編」(長谷川慶太郎氏と共著、徳間書店)、「世界はこう動く 国際編」(同)

田村秀男

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