トランプは本当に「日本叩き」? 米大統領選クロニクル その9
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカの大統領選では共和党候補のドナルド・トランプ氏がしきりに日本の名をあげる。そして批判的な言葉をぶつける。つい「日本叩き」という表現を連想させられるほどだ。だがトランプ氏の日本論には確かに非難めいた乱暴な言葉も多いが、なお全体としてはそれほど心配することもない、というのが私の感想である。なぜなら過去の大統領選挙ではもっと過激で険悪な日本非難がいろいろあったからだ。
「日本市場にアメリカ車を売り込むには閉鎖された市場をこじ開けるために米軍部隊を連れていかねばならない」
「アメリカの産業はこのままだと日本に負けて、白旗を掲げ、アメリカの次世代は日本製コンピュータの周囲の床掃除のような仕事しか得られなくなる」
「日本の首相は一人が市場開放を拒む口実がタネ切れになると、次の首相が出てきて、そんな市場開放の話だと聞いたことがないと、シラを切る。そしてアメリカの要請には『検討します』と答えるが、なにもしない」
こんなとげとげしい言葉が大統領候補の口から連日のように発せられた選挙戦がある。
とにかく「日本!」「日本!」と国名をあげての非難が連日のようだった。その言葉の響きはいかにも冷酷で、意地悪く、日本がアメリカの同盟国である事実をも忘れさせるほどだった。1984年の大統領選挙のことである。
この年の大統領選挙は現職の共和党ロナルド・レーガン大統領の再選を阻もうと、民主党側では前副大統領のウォルター・モンデール氏を立てた。後にモンデール氏は日本駐在の大使をも務めた。当時は日米の貿易摩擦がアメリカ全土に火の手のように燃え上がっていた。自動車、鉄鋼、電氣製品など日本の製品がアメリカ市場を席捲する。その一方、アメリカ製品は日本市場にはほとんど入れない、売れない、という状況がアメリカ側に巨大な対日貿易赤字を生んでいた。日本製品に圧倒される米側の自動車や鉄鋼などの産業界が打撃を受けて、企業の閉鎖や労働者の解雇という深刻な事態を引き起こしていた。
モンデール候補はこの状況をとらえて、「日本叩き」と呼べるような激しい日本非難を述べ続けた。民主党リベラル派のモンデール氏がとくにアメリカの労働組合の支援を得ていたことがさらにその対日非難の言辞をエスカレートさせた。同時に共和党レーガン政権の貿易政策をも批判していた。そしてモンデール氏のこの日本糾弾はアメリカ国内の広範な階層から拍手を浴びたのだった。
この状況にくらべれば、現在のトランプ候補の日本批判はまだまだ穏健だといえる。トランプ氏の安全保障面での日本への言及をみてみよう。
「アメリカが攻撃されても日本はその防衛のためになにもする必要がない。だが日本が攻撃されればアメリカは全力をあげてその防衛にあたる。これはきわめて一方的な取り決めだ」
「アメリカは基本的に日本を保護している。北朝鮮が危険な行動に出るたびに、日本はアメリカになんとかしてくれと頼んでくる。だがもうそんな支援はできなくなる。アメリカは世界の警察官ではない。資金もない」
以上のような指摘はアメリカ国民一般からすればそう理不尽ではないだろう。だがトランプ氏は在日米軍撤退や日本の核武装奨励という過激な主張をも粗雑な表現で打ち上げるため、オバマ政権も含めて民主、共和両党の主流派からは総非難を浴びる。それでもなお日本を切って捨てるという実感は伝わってはこない。
モンデール氏と、トランプ氏と、32年間もの時差こそあるが、どちらが「日本叩き」という描写にふさわしいか。もう一度、考えてみるのも一興だろう。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。