北朝鮮改正憲法が示した首領独裁論の破綻(上)
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
■本稿のポイント
・2026年3月の最高人民会議で改正憲法が採択され、金正恩氏の指示による「統一放棄」「南北2国」が法制化された。
・新憲法では先代(金日成・金正日)の統一路線や業績が削除され、国務委員長の権限が最高人民会議よりも上位に強化された。
・先代路線を全否定する内容に対し、国内では老兵を中心に不満がくすぶり、当局が摘発・思想統制を強化している。
北朝鮮情勢に精通するコリア国際研究所所長の朴斗鎮氏が、2026年5月に全文が公開された北朝鮮の改正憲法(金正恩憲法)の全貌と波紋を読み解く。金正恩総書記の指示による「統一放棄」や「南北2国家」が明記され、先代の統一路線が全削除された新憲法は、国内にどのような軋轢を生んでいるのか。公布までに2年以上の歳月を要した背景から、首領独裁論の破綻に迫る。(Japan In-depth 編集部)
◆なぜ「金正恩憲法」の公布に2年以上を要したのか?
2026年3月に開かれた最高人民会議15期1回会議で改正憲法が採択され、いわゆる「統一放棄」「南北2国」の金正恩指示が法制化された。2月に開かれた朝鮮労働党第9回大会での規約改正にその内容が盛り込まれたからだ。
5月6日、韓国統一部が記者団向けに開いた統一部出入記者団対象専門家懇談会(イ・ジョンチョルソウル大教授など出席)で、この「金正恩憲法」と言われる改正憲法の全文が公開された。韓国メディアは5月7日付で、北朝鮮の「統一否定」「南北2国家」新憲法の主要変更内容を一斉に報道した。その内容は金日成・金正日路線の否定で彩られたものだった。
この憲法は、2023年12月の朝鮮労働党総会で、金正恩総書記が「統一放棄」「南北は2国」「韓国敵国」を宣言し、その内容を憲法に明記せよと指示してから2年が過ぎての公布だ。金正恩の指示が実現するまで2年以上の歳月を要したということだ。それほどその内容に問題が多かったということだと思われる。
だがこの憲法に対する異論は、いまも国民の中でくすぶっている。金日成・金正日路線を否定するこの憲法には不満が多いからだ。老兵たちの間では「われわれが金日成元帥様の統一路線で戦った祖国解放戦争(朝鮮戦争)は何だったのか?」との話が行き交っているという。
韓国のデイリーNKは、そうした状況に対して「北朝鮮当局は、第9回党大会以後、思想統制を一層強化しているが、最近、統一に対して未練を捨てることができなかったか、こうした国家政策に不満を抱いた人々を摘発・掃討せよとの内的指示が下された」と報道した。特に過去の南北対話や交流事業に深く関わっていた幹部たちまで全面的な再調査対象に上げられており、極度の恐怖雰囲気が造成されているという。
◆先代路線を全否定した北朝鮮「改正憲法」の実態
北朝鮮の改正憲法は金日成・金正日路線の否定に満ちているが、その主要部分としては次のような点が挙げられる。
序文では依然として「金日成-金正日主義」を国家指導理念として規定したが、金日成・金正日の業績は削除された。これはこれまでの金日成・金正日主義が、金正恩思想を含めた新たな内容に書き換えられたことを意味する。それは金正恩のスローガンである「人民大衆第一主義」が序文に明記されたことからも推察される。
北朝鮮路線の根幹である金日成の統一路線が削除された。 憲法序文・本文にあった「北半部」「祖国統一」「自主、平和統一、民族大団結の3大原則」、「祖国統一のために闘う」「社会主義の完全な勝利」など、同族関係と統一概念は全て削除された。金日成と金正日による先代の統一関連業績は全て削除し、序文の統一偉業の記述も全て無くした。
先代の統一関連業績について2019年憲法序文では「偉大な金日成同志と金正日同志は民族の太陽であり、祖国統一の導き星だ。金日成同志と金正日同志は、国の統一を民族地上の課題として掲げ、その実現のためにあらゆる労苦と心血を尽くした。金日成同志と金正日同志は共和国を祖国統一の強力な堡塁(ほうるい)に固める一方、祖国統一の根本原則と方道を提示し、祖国統一運動を全民族的な運動に発展させてきた民族の団結した力で祖国統一偉業を成就するための道を切り開かれた」と記述していた。
金日成が最も反対した南北2国論を憲法に明文化し、領土条項を新設(第2条)した。 第2条では「朝鮮民主主義人民共和国の領域は、北で中華人民共和国とロシア連邦、南で大韓民国と接している領土と、それに基礎しつつ設定された領海と領空を含む」と定められた。南の陸上・海上境界線については具体的に言及しなかった。
◆国家機構の改編:国務委員長の権限はどう強化されたか?
金日成・金正日時代の政府機構を改編した。 最高人民会議が国務委員会よりも下位に明記され、国務委員長の権限・立場が大幅に強化された。国務委員長が国家首班と規定され、国家機関配列の順序で国務委員長が真っ先に登場した。国務委員長の「重要幹部任命」権限の対象に「最高人民会議議長」と「内閣総理」が明示された。北朝鮮憲法で国務委員会(行政機関)が最高人民会議(立法機関)よりも上に置かれるのは初めてだ。
北朝鮮のもう一つの根本政策である「無償治療」「税金のない国」「完全雇用」などが削除された。
以上の内容を見ても金正恩の金日成・金正日路線否定は明らかであるが、憲法条文からは、金日成の呼称であった「首領」の呼称までも金正恩に移したのではないかと見られる内容も含まれている。
(下)に続く
【よくある質問(FAQ)】
Q1:北朝鮮の「改正憲法(金正恩憲法)」とは何ですか?
A:2026年3月の最高人民会議で採択された北朝鮮の新憲法です。金正恩総書記の指示に基づき、従来の「祖国統一」路線を破棄し、「南北2国家」体制を法制化しました。
Q2:改正憲法で「南北2国論」はどのように明文化されましたか?
A:従来存在した「北半部」や「民族大団結」といった同族関係を示す概念が削除され、第2条で「南で大韓民国と接している領土」と記載されるなど、韓国を別国家(敵国)とみなす領土条項が新設されました。
Q3:国家機構の改編で金正恩氏の権限はどう変わりましたか?
A:従来は立法機関である「最高人民会議」が上位にありましたが、行政機関である「国務委員会」がその上に置かれました。また、国務委員長(金正恩氏)に最高人民会議議長や内閣総理の任命権が明示され、権力がさらに集中しました。
Q4:改正憲法に対する北朝鮮国内の反応はどうですか?
A:先代の統一路線を全否定する内容に対し、朝鮮戦争を戦った老兵などから強い不満の声が上がっています。これに対し、当局は不満を抱く人々への摘発・掃討を指示し、思想統制を強めていると報じられています。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
■シリーズ・アーカイブの紹介
本連載は、朝鮮半島の政治・外交・安全保障を専門とするコリア国際研究所所長・朴斗鎮によるコラムです。北朝鮮の内部構造や権力体制の変遷を独自の視点で読み解くことで、日本のメディアでは見えにくい朝鮮半島の実像に迫ります。
写真:金日成広場で平壌の写真素材
出典:narvikk / Getty Images




























