「トランプ敗北」の虚構にはしゃぐ日本メディアの錯乱――米中首脳会談の評価の真実
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
■本稿のポイント
・日本メディアは米中首脳会談を「習近平勝利」「トランプ敗北」と報じたが、米国主要メディアは「トランプは譲歩せず、会談は成功」と評価している。
・ウォールストリート・ジャーナル、FOX、ニューヨーク・ポストなどは、台湾問題や貿易分野でトランプ大統領が中国に屈しなかった点を高く評価。
・日本で再浮上した“米中G2論”は、米国ではすでに議論の対象外であり、トランプ政権がG2を志向している兆候も見られない。
・日本の安全保障に直結する米中関係をめぐり、日本メディアの評価が米国の実態と大きく乖離していることが問題視される。
北京で行われた米中首脳会談をめぐり、日本では「習近平勝利」「トランプ敗北」という論調が広がった。しかし、当事国であるアメリカでは、主要メディアや専門家の多くが「トランプ大統領は譲歩せず、会談は成功だった」と評価している。本稿では、国際政治の現場を長年取材してきたジャーナリスト・古森義久氏が、日米で大きく食い違った会談評価の背景と、日本で再浮上した“米中G2論”の誤解を鋭く読み解く。(Japan In-depth編集部)
■日本メディアはなぜ「トランプ敗北」と報じたのか?――評価が米国と乖離した理由
アメリカのトランプ大統領と中国の習近平国家主席が北京で会談して、2週間近くが過ぎた。当初の混乱が落ち着いて現段階でのこの米中首脳会談の評価は再点検の意義があるだろう。当初の日本での反応は「習近平主席が勝者となった」という総括が圧倒的だった。日本経済新聞などが先頭に立ち、「すがるトランプ氏、突き放す習氏」とか「袋小路のトランプ氏」という表現でトランプ大統領を敗者と決めつける論調が大多数だった。
だがいまの時点では、日本にとって同盟国の大統領と敵性国家の主席の会談に対して、同盟国の代表が敗れたとか、劣勢だったと、うれしそうに論じる日本のメディアや識者の国際情勢の基本認識を疑ってしまう。なぜなら当のアメリカ側ではこの首脳会談がトランプ大統領にとって成功だったとする評価が多数派となっているからだ。トランプ大統領はこの会談で失ったものはなにもない、という総括も目立ってきた。だが日本ではなお中国を勝者とみなす論調が多いのだ。考えてみれば奇異な現象である。
■米主要メディアは米中首脳会談をどう評価したのか?
さてアメリカ側のメディアや専門家の最近の論調を眺めてみよう。
保守系ではあるがトランプ政権への批判も少なくない大手新聞のウォールストリート・ジャーナルは「大きなニュースがなかったことは、よいニュースだ」という見出しで、この首脳会談は「トランプ大統領にとって成功だった」と総括した。
同社説はその理由として「トランプ大統領は狡猾な独裁者の習主席にとくに注目すべき譲歩はなにもしなかった」、「アメリカ産の大豆や航空機を中国側に買わせた」、「台湾問題で習主席の脅しに屈しなかった」などと述べていた。
同じウォールストリート・ジャーナルは別の報道記事でこの首脳会談について「細かく振り付けされたこの会談は米中間に実在する大きな相違を覆い隠していた」という見出しで、中国側が提案する米中両国間の新たな「建設的戦略的安定関係」に米側は本音として決して同意していない点を強調していた。
保守系のテレビニュースのFOXは今回の米中首脳会談を「新しい冷戦の始まり」だとする厳しい評論を打ち出していた。「トランプ・習サミットからの冷たい風は米中間の新たな冷戦の証拠だ」という見出しだった。
この評論は米中防衛関係の専門家のロバート・マギンネス氏の見解を主体として、今回の首脳会談は「米中間の軍事力の競合、経済力の競合、とくに科学技術の争い、さらにはまったく異なる世界秩序の志向などによって特徴づけられる、新しい冷戦の始まりを明示した」と総括していた。さらにこの分析は以下のように述べていた。
「今回の人民大会堂でのトランプ・習会談は表面では象徴的な交流、抑制された貿易の拡大、綿密で華麗な式典などが目立った。しかし水面下では明らかに台湾問題が他の案件のすべてに影を投げ、さらにはイラン問題での中国の協力の限界を示し、そのうえに習主席が古代ギリシャの戦争寓話を持ち出して米中間の競合の危険な側面を示唆したことで、両国間の断層が暗示された」
そしてこのFOXテレビの評論はトランプ大統領が米中間のこの厳しい現実を忘れずに、中国側に対して意味のある譲歩はなにもしなかったと評し、その姿勢をほめていた。
同じく保守系とみなされるニューヨーク・ポスト紙は「トランプ、習両首脳はお互いに言いたいことを述べあった」という評論記事で次のように記していた。
「習主席は台湾について台湾海峡の平和と安定が重要だと語りながらも、もしアメリカが台湾についての中国側の政策に挑戦してくれば、紛争や衝突の危険につながる、と中国側の一方的な主張を述べた。一方、トランプ大統領もその台湾問題についてはなにも答えず、イランの動向やホルムズ海峡の状況についての米側の主張を一方的に語った」
その結果としてトランプ大統領は中国側の台湾論議に巻き込まれず、イラン問題での米側の主張を繰り返した点で、成功だったと前向きな評価を述べていた。
以上のように当事者のアメリカの側でも今回のトランプ大統領の首脳会談が失敗だったとか、敗北だったとする批判はきわめて少ないのである。であるのに当事国ではない日本、しかもアメリカとの同盟関係に依存して中国の軍事脅威に備える日本が「トランプ大統領が習主席に負けた」という断定を喜々として根拠の薄弱のまま、喧伝することはまったく奇妙なのだ。
■“米中G2論”は本当に復活したのか?――日本だけが誤解した背景
そのうえに日本側のメディアや識者の間で提起された「米中G2政策」についてアメリカ側ではまったく指摘されていない点も重要である。「米中G2論」とは米側で民主党のオバマ政権時代の2011年ごろに一部の識者から提起された政策論だった。当初の主唱者は同じ民主党のカーター政権の大統領補佐官を務めたズビグニュー・ブレジンスキー氏や共和党ブッシュ政権の高官となったロバート・ゼーリック氏だった。
そのG2論とは米中二極体制論とも呼ばれ、アメリカと中国がアジア太平洋の全域を二つに分けて二国でそれぞれ主導や管理をするという政策提案だった。中国側もやがて同調するようになった。
しかし日本をはじめアジア太平洋の他の諸国からは強い反発が起きた。そしてオバマ政権はその反発に同調する形で正式にG2論を排するにいたった。
今回はトランプ大統領が中国との会談に際して「G2」という言葉を口にしたことから、日本ではトランプ政権がこの昔の米中二極体制を目指すようだとする推測が浮上した。だが当のワシントンの国政の場では、いまG2論はまったく話題になっていない。なぜならトランプ政権が中国との関係でG2政策をとる気配はまったくないからだ。
トランプ大統領自身はこのG2という言葉を口にしたのはほんの1,2回だった。しかも中国との会談に言及する際の簡単な符牒のような用語として使ったことが明白だった。米中二極論を意味したわけではないのだ。
だが日本側では「アメリカは中国と融和して、日本などの同盟国の頭越しに新たな絆を強める」という懸念までが表明されるようになった。だがこれはあくまで幻想と錯覚のG2論である。
#この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の寄稿の転載です。
■シリーズ紹介
本稿は古森義久氏による「内外透視」シリーズの一編です。
トップ写真:中南海で会談するトランプ大統領と習近平国家主席ー2026年5月15日:中国・北京
出典:Photo by Evan Vucci-Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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