意識のコントロールが生む大逆転
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
体操、卓球、バドミントン、レスリングなど、今回の五輪はもうだめかという局面から持ち直して大逆転をするという場面をたくさん見ました。勝負の局面は、特に技術よりもメンタルが影響してきます。
メンタルコントロールとは、正確に言えばアテンションコントロールだと思います。自分が何に意識を向けて、何に向けるべきではないのか。はたまた意識自体をするべきか、しないべきか。メンタルというと少し大きく複雑な気がしますが、要はどこに意識を向けているのかということだろうと思います。
例えば失敗したらどうしようという考えがふと湧いてくるとします。これ自体は避けられないことですが、その湧き出た考えから意識が外せなくなると本当にパフォーマンスに影響がでてきます。頭に浮かんでいることに身体はひきずられてしまいます。
そういう時は、意識をうまくずらしてしまうことが大事です。例えば結果ではなくプロセスを意識する(一番でゴールするという意識から、とにかくスタートして1台目のハードルまで上手く跳ぶ)、または失敗したところで何も失うものはないじゃないかと開き直る(こちらは少し高度ですが)、などがあります。
一点に集中しようとしても、人間の頭は常に何かを連想し続けてしまいます。連想しないのが一番ですが、してしまうものはしょうがないので、勝手に連想する自分に右往左往するのではなく、その都度柔軟に意識をコントロールするしかありません。
五輪には観客がたくさんいます。まずは現場にいる数万人の観客、そしてメディアを通じて見ている世界中の観客、そして自分を見ている自分です。他者に意識が向かっているときに良いパフォーマンスはできません。自分のパフォーマンスの結果が人にどう思われるかを考えた時点で、行動は制限されてしまいます。ぼんやりとした観察者である間はいいですが、観察者の気持ちを察しすぎてしまわないことです。
察しすぎる人は、本番では良いパフォーマンスを発揮できません。少し鈍いぐらいが良いです。もし(私のように)察しすぎる人間の場合は、上手に外界と自分を断ち切る方法を身につけることが良いと思います。私は現役時代、フードをかぶり、音がなっていないヘッドフォンをしていました。察しすぎる人間は、周囲の人間の気持ちを汲み取ってしまい、勝ち負けに絞りきれないことがあるからです。
勝負時におけるメンタルコントロールとはアテンションコントロールだと言いましたが、さらに突き詰めれば自分はどういう局面でどんな反応をしてしまい、どんな場面で怯んだり恐れを抱くのかという特徴をよく知り、それをコントロールしていくわけです。ある意味で無意識の自分も含めた自分コントロールだとも言えます。
そして最も最高の状態は、意識が向いている自分を意識すらしない無意識状態に入ることです。私たちはこれをゾーンと呼びました。チクセントミハイは少し広くフローと呼んでいます。
今回の五輪で、信じられない逆転劇を見させてもらいました。あの時彼らは何に意識が向いていたのか。これから様々な場所でそんな話をしてくれるのが今から楽しみで仕方ありません。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。