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スポーツ  投稿日:2016/8/25

損失回避的心理と勝敗


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

体操が団体で金メダルを取った。陸上で動作の解析とかに興味があったから、体操のような競技は、ちょっと昔の知識から選手の感覚を想像しやすいので、見ていて楽しい。よくあのプレッシャーをはねのけたなと思った。

行動経済学なのか、認知心理学なのかわからないが、損失回避(プロスペクト理論)というものがよく知られている。わかりやすく言えば、人間は手に入れるときよりも失うときのほうが痛みを伴うというものだ。

アスリートはプレッシャーにさらされているとよく言うけれど、挑戦者のプレッシャーと、チャンピオン側のプレッシャーは大きく違うというのが実感だった。手に入ればラッキーという側と、手にして当たり前という側では、勝利に対しての捉え方が違った。挑戦者は手に入れるという心理でいるが、チャンピオン側は当然手に入るはずのもの(あたかももう手に入ってしまったかのような感覚)になる。手に入っているはずのものを失くしたくないという心理はこの損失回避と非常によく似ていた。

浅田真央選手の時もそうだったけれど、一旦うまくいかなかった後に、選手がよいパフォーマンスをするという現象はよく知られている。私の予想では、 最初のプレイの時には、損失回避的なパフォーマンスをしてしまうが、一旦期待値が下がってからはむしろ獲得をするという感覚になり、踏ん切りがよくなって本来のパフォーマンスができるからだと思っている。もちろんそれでも吹っ切れる選手とそうではない選手がいて、そこにこそ選手の心理の技術が現れるのだけれど。

損失回避的でいるかどうかというのはあくまで自分の頭の中の話だけれど、それでも状況が自分にそう意識をさせることは避けられない。如何にして自分の中の期待値と、アテンションをコントロールするかが選手の心理技術の見せどころになる。選手のインタビューを見ていて、とても巧みに予選から決勝まで自分を操ったように見えていたく感銘を受けた。

損失回避的な考えをしがちかどうかは人によっても違うらしい。先天性であるのか後天的に改善可能なのかどうかはまだわかっていない。アドバイスとしては非常にシンプルで

”守りに入らず、思い切ってやってこい”

なのだけれどこれが中々難しい。一旦どん底を経験すると、勝利の執着を手放せる感覚を持てるようになり、損失回避的になりにくいような気はする。

為末大HPより)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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