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.国際  投稿日:2016/11/11

アメリカンドリーム回復図るトランプ


信田智人(国際大学国際関係学科教授)

今回のトランプ勝利は世界中を驚かせたが、その大きな要因は白人労働者層の圧倒的な支持を勝ち得て、ラストベルトと呼ばれる、製造業の多い中西部で大勝したことである。2008年の大統領選ではオバマが中西部の東部5州(ウィスコンシン、イリノイ、ミシガン、インディアナ、オハイオ)全てを獲得しているが、今回はイリノイを除いた4州をトランプが獲得した。とくに、民主党の牙城ともいえるウィスコンシンで事前予想をひっくり返したのには驚いた。
 
数年前、ワシントンで民主・共和両党の選挙ストラテジストにインタビューする機会があった。両党のストラテジストが口を揃えて言ったのは「投票率の高い白人票は飽和状態にあるので、投票率が低く増加し続けるヒスパニック票に焦点を当てている」ということだった。スペイン語のケーブルチャンネルでテレビコマーシャルを流したり、ラテン系の好きなサッカーの選挙宣伝入りボールを無料で配ったりと、その選挙戦略を事細かに教えてくれた。
 
確かに白人の投票率は6割以上、ヒスパニックは3割強程度である。6割の投票率を7割に引き上げる努力をするよりも、投票率3割の層をターゲットにするというのは理にかなっている。だがこういったヒスパニック重視の選挙戦略のため、ここ20年ほど、白人労働者の利益は選挙で軽視されてきた。
 
11月9日に公表されたCNNの出口調査によると、投票者の約3分の1を占める、高卒以下の低学歴白人層の実に67%がトランプに投票しており、クリントンの獲得票は28%である。非白人の低学歴層の71%がクリントンに投票しているのとは好対照である。白人労働者の不満と怒りが爆発し、この選挙結果を生んだものと思われる。
 
この不満の背景には、非白人人口が増えていき、アメリカが白人社会でなくなることの恐怖があったのだろう。先にも述べたように、ここ20年は選挙で白人層が軽視され、しかも非白人を批判することは政治的に不適切だと考えられる中、自分たちの本音を代弁して移民を非難したトランプの声は心地よく響いたに違いない。
 
歴史的に見ると、移民の流入はアメリカ社会を活性化させた。新しい移民が最下層を構成することによって、それまでの単純労働者がランクアップできた。親の世代よりも自分たち、自分たちよりも子供世代の生活が良くなるという「アメリカンドリーム」は、実は移民の流入によって実現されてきたのである。
 
ところが最近では移民が増えても、ミドルクラス以下の白人層の暮らしはよくなってない。実際ここ20年ぐらい、実質家計収入はほとんど増えず、富裕層との格差は広がるばかりである。それはなぜか。
 
米国が物を作らなくなったからではないか。アップル社のi-phoneやHPのコンピュータが売れても、部品や組み立ては海外で行われる。国際企業が職を奪っていると考える労働者は多い。米国経済を下支えるサービス業やIT産業などでは、単純労働者が成功することは難しく、単純労働者はいつまでたっても上に上がれない。それどころか、より賃金の低い移民に職を奪われる。「アメリカンドリーム」は失われた。
 
今回のトランプの選挙スローガンである「Make America Great Again」という言葉は、喪失された「アメリカンドリーム」の回復を訴えるものに他ならない。選挙期間中は、「メキシコ国境に壁を建設」だとか、「不法移民は強制送還」、「イスラム教徒の入国禁止」と、威勢のいい言葉を投げてきたが、それを実行するのかどうか疑わしい。もしトランプが2020年の再選を真剣に考えているのなら、支持層である白人労働者に実効的に利益をもたらすような経済政策を推進していくことだろう。
 
選挙期間中に言っていたように、中間以下の所得者層の減税を進めるだろうし、クリントン候補の公約であるアイデアを盗み、国際企業の海外生産を減らす「出国税」を推進するかもしれない。クリントン政権なら小規模の修正で批准されたかもしれないTPPも、白紙に戻る可能性が大きい。
 
外交や安全保障については、短期的には心配する必要はないだろう。「日本がもっと負担しないなら米軍を引き上げる」といった発言は、日本の思いやり予算の結果、米軍にとって日本が米国内も含めて世界で一番経済負担の少ない駐留地であることを知れば考えは変わるだろう。事実、トランプの外交アドバイザーであるマイケル・フリン元国防情報長官が訪日して、あれは選挙向けの発言であり、トランプ政権は日米同盟を重視すると説明している。
 
しかし中長期的には、安全保障問題を軽視する可能性はある。オバマ政権下でも、ホワイトハウスがアジアでの安全保障戦略を転換する懸念が囁かれていた。2020年の大統領選に向けて、中国の覇権を認めた方が政治的に有利だと判断すれば、国務省や国防総省は強く反対してもトランプのホワイトハウスが東アジアのコミットメントを引き下げる可能性は決して小さくない。

この記事を書いた人
信田智人国際大学国際関係学科教授/ジョンズ・ホプキンス大学国際関係学博士

国際大学国際関係学科教授。ジョンズ・ホプキンス大学国際関係学博士。日本政治、日本外交、日米関係、米国外交などが専門。主な著書に、『アメリカの外交政策』(ミネルヴァ書房、2010年)、『日米同盟というリアリズム』(千倉書房、2007年)、『冷戦後の日本外交』(ミネルヴァ書房、2006年)、『官邸外交』(朝日選書、2004年)など。

信田智人

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