米大統領選、実は当然の結果(上)コロナに敗れたポピュリズム その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・米大統領選のシステムは他国には理解しにくい「選挙人制度」を採用。
・得票数や得票率で勝っていても2016年選挙のように敗北もありうる。
・独立当初、米国の為政者たちは国民の知的水準に信を置かず。
米国の大統領選挙は、民主党バイデン候補の勝利に終わった。
いや、厳密に言うと、この原稿を書いている11月9日の時点では、トランプ大統領は敗北を認めることを拒否しており、選挙に不正があったとして「法廷闘争」を継続すると言い張っているのだが。
結果が出た今だから、こんなことも書けるのだが、私はこの選挙については「中立」の立場であった。
トランプ大統領の言動はまったく評価できないし、再選されなければいいのに、と正直思っていたが、かと言って、民主党のバイデン候補にも魅力を感じなかったからである。
どちらが勝っても、日本の国益とは相反する展開になる心配がある、とも思えたし(これについては後述)、競馬の予想屋じみたことも書きたくはなかった。ただ、選挙というものは洋の東西を問わず「現職有利」なので、僅差でトランプ候補が勝つのかな、くらいに考えていたのである。
世論調査では、かなり早い段階から「バイデン有利」とされていたが、これは当てにできない。4年前、すなわちトランプ大統領が誕生した2016年の選挙でも、世論調査では終始、民主党のヒラリー・クリントン候補がリードしていた。民主党筋も、
「初のアフリカ系大統領の次は、初の女性大統領を誕生させる」
という、勝利の方程式を信じていたようだが、結果はご案内の通りであった。
これが、私がバイデン候補に魅力を感じなかった最大の理由である。勝利の方程式が成らなかったからと言って、なにも史上最高齢の大統領候補(77歳)を担ぎ出さなくてもよかったのでは……と単純に思えたのだ。年齢のことをさて置いても、トランプ大統領の、あの強烈なキャラクターに対抗するにしては、篤実そうには見えるが、地味に過ぎていた。
しかし結果は、バイデン候補が史上最多の得票を記録して勝利を収めたのである。
ここで注目すべきは「選挙人制度」という、外国人には分かりにくい、米国大統領選挙のシステムであろう。
今回、いや、選挙のたびに日本でも大きく報じられてきたのだが、米国の大統領は、直接の投票結果では選ばれない。各州に、議会の信任を得た「選挙人」が置かれ、州ごとに最も得票数の多かった候補者に投票することが義務付けられている。
各州が一国というに近い位置づけであり、大統領を選ぶに際しても「国ごとの統一された意思」であるというタテマエなのだ。これが世にいう「勝者総取り方式」だが、前述の通り、州によって独自の法律から軍隊まで持つ国なので、少数ながら例外もある。
州ごとの選挙人割り当て人数は、最大がカリフォルニア州の55人に対し、アラスカ州やモンタナ州など、また、どの州にも属さないワシントンDCなどは3人と、かなりの格差がある。これは基本的に人口比だからだが、現実には、人口の多い州の利害が合衆国全体の政治を動かすことがないよう、あらかじめ制度設計されているらしい。
選挙人の総数は現在538人で、過半数の270人を獲得した候補が当選者となる。
このような間接選挙のシステムなので、得票数と結果がしばしば一致せず、これは「制度的欠陥」だと指摘する人も少なくない。
実は、トランプ大統領が誕生した2016年の選挙が典型的なケースであった。
この選挙において、ヒラリー・クリントン候補(以下、夫君である元大統領と区別するため、ヒラリーで統一する)は、得票率において2.1%、得票数においては実に300万票近くも上回っていたのだが、フロリダやオハイオといったスイング・ステートでトランプ候補が勝利を重ねた結果、獲得選挙人数においては306人対232人と圧勝した。
スイング・ステートとは、共和党・民主党それぞれの支持者数が拮抗しており、選挙のたびに異なる結果が出がちな州のことで、日本のメディアでは一般に「激戦州」と呼ぶ。
お分かりだろうか。米大統領選挙において、世論調査があまり当てにならないというのは、こうした選挙システムだからこそであり、調査の数字そのものは実は正確なのだ。いわんや「偏向報道」などでは断じてない。
そして、これが肝心なところであるが、今次のバイデン候補の勝利も、上記の事実を延長して考える限り、いささか意外ではあったものの、本当は驚愕すべき結果などとは、とても呼べないのだ。
この選挙制度は、1787年9月17日に制定された、アメリカ合衆国憲法に明記される形で導入された。
以下、煩雑を避けるため米国で統一するが、独立当初の米国は、国土の広さの割に交通や通信が未発達であり、全土で一斉に直接選挙を行うのは物理的に難しい、という問題を抱えていた。
加えて、読み書きができない人も多く、新聞を通じた広報活動だけでは正確な政見を伝えることなどできまい、とも考えられた。早い話が、独立当初の米国の為政者たちは、国民の知的水準に信を置いていなったのだ。
さらに、黒人奴隷の存在も問題だった。
商工業に基づく発展を志向する北部と、奴隷の労働力に頼る農場経営を基幹産業とする南部とが、政治的利害も、また感情的な面においても対立するという構図は、これまた独立当初からあったのだが、とりわけ南部の白人にとっては、
「黒人に選挙権を与えるなど論外だが、かと言って、白人だけの直接選挙では、どうしても(白人)人口の多い北部の利害を代表する大統領ばかり選ばれてしまう」
というジレンマを抱えていた。今の感覚では身勝手極まる話だが、当時の米国人にとっては笑いごとではなく、最終的に前述のような間接選挙のシステムが採用されるに至ったのである。
こうしたことから、さすがに時代錯誤ではないか、という問題提起は、前世紀から繰り返しなされてきたが、未だに改正される様子はない。憲法にも明記された建国以来の伝統で、簡単には変えられない。直接選挙では、とどのつまり人口の多い州の利害が米国全体の政治を左右することとなり、それは建国の理念に反する。
……といった理由だとされるが、本当のところは、共和党・民主党ともに、二大政党制を維持して行くためには、極右や極左の大統領が生まれにくい現行のシステムを維持するのがよい、と考えていて、改正に積極的でないのだろう、と見る向きも多い。
いずれにせよ、2016年の選挙で敗れたヒラリー候補の陣営は(少なくとも表立っては)、選挙制度が悪い、この結果は正しくない、などとは言わなかった。
ところが、前回実は「勝ちを拾った」に過ぎないトランプ大統領ときたら、再選が成らなかった結果を受け入れることをせず、声高に「不正選挙だ」と言いつのっている。
次回は、この問題を見る。
【訂正: 2020年11月20日】
本文中の年号に誤りがあったため、お詫びして以下のよう訂正いたします。
誤:1987年9月17日に制定された、アメリカ合衆国憲法
正:1787年9月17日に制定された、アメリカ合衆国憲法
トップ写真:2020年 大統領選挙 出典:Flickr; Gage Skidmore
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。