大統領官邸爆破テロ阻止 厳戒態勢のインドネシア
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
インドネシアの首都ジャカルタ中心部にある大統領官邸(イスタナ)に対する自爆テロ計画が実行寸前に阻止される事態が起きた。インドネシア国家警察は12月12日、反テロ法違反容疑でインドネシア人男女7人を同日までに逮捕したことを明らかにした。
国家警察によると、容疑者たちは大統領官邸に対する自爆テロを計画しており、逮捕者には自爆の実行犯になるはずだった女性が含まれているほか、自爆に使用する予定の圧力鍋を利用した爆弾も押収された。
自爆テロは12月11日に大統領官邸で実行される予定だったとされ、直前に阻止した形となり、一命をとりとめる形となったジョコ・ウィドド大統領は国家警察を高く評価するとともにテロに対する毅然とした姿勢を明らかにした。インドネシアではイスラム過激組織によるテロと同時にジャカルタ特別州知事選に絡むイスラム教徒とキリスト教徒による宗教対立も浮き彫りになっており、今後クリスマスや新年といった人々が集まる機会、教会やホテル、ショッピングモールなどの場所で不測の事態を懸念する声も高まっている。
■狙われた大統領官邸の一般公開日
国家警察によると自爆テロは12月11日(日曜日)に決行が予定されていたという。同日は今年7月以降、毎月第2日曜日に一般公開されている大統領警護隊(パスパンプレス)の交代式の当日で、一般市民に紛れ込んで大統領官邸に入り込み自爆する計画だったという。
国家警察のテロ対策特殊部隊(デンスス88)は、情報収集と監視の結果、12月10日に中部ジャワ州の古都ソロから2人の男が乗った車を密かに追跡。ジャカルタ首都圏のブカシで女性が合流、郵便局からこの女性が自分の両親に宛てて小包を発送するのを確認した。その後、この女性が賃貸しているアパートに入り、残る男2人が車で再び移動したため、まず男2人を逮捕、ついでアパートにいた女性の身柄を拘束した。
この女性は27歳でアパートにあった黒いリックサックから圧力鍋が発見され、鍋には約3キロの高性能爆弾が詰められていたという。次いで中部ジャワ州で爆弾製造に関わったとされる別の男性ら4人を逮捕、一人の自宅から大量の爆薬を押収した。
テロはこの女性が圧力鍋爆弾を入れたリックを背負って官邸で自爆するシナリオだったとしている。押収された女性が両親に宛てた小包からは「私の殉死を神が受け入れるよう祈ってほしい」などと書かれた遺書らしき文書もみつかっている。
■1月のテロと同一グループの犯行
ジャカルタでは今年1月14日、中心部目抜き通りで爆弾と銃撃戦によるテロ事件が発生、実行犯を含む8人が死亡している。今回逮捕された男女7人は、この事件の主犯格でシリアに潜伏中とされるバフルン・ナイム容疑者が組織したグループに所属しているとみられ、同容疑者から資金提供も受けていたという。
1月の事件を機にジョコ・ウィドド大統領は国家警察、国軍などの治安機関に「テロ組織の徹底捜査」を指示、デンスス88を中心にテロ組織の壊滅とメンバーの摘発に積極的に取り組んできた。その結果、ナイム容疑者から資金と情報提供を受けた複数のグループが浮上。ジャワ島の各地で個別にテロを計画、選抜された各グループのメンバーがジャカルタでテロを実行することを探知。内偵と尾行、情報収集を続けた結果、国家の中枢である大統領官邸の自爆テロ計画を察知、テロ実行予定日の前日というきわどいタイミングで阻止することに成功したのだった。
ジョコ・ウィドド大統領は容疑者逮捕と官邸でのテロ防止について「インドネシアにはテロの入り込む余地はないことが証明された」高く評価するとともに国民の協力が不可欠として市民からのさらなる情報提供を呼びかけた。
ジャカルタでは1月のテロ以降、スハルト長期独裁政権(1998年崩壊)時代に住民の相互監視と不審者あぶり出しに一定の効果があった「隣組制度」を一部復活して、市民相互による部外者、不審者の監視と通報制度を強化している。
■ジャカルタ州知事選で煽られる宗教対立
ジャカルタは来年2月に予定される州知事選の真っただ中で、現職のバスキ知事が「イスラム教の聖典コーランを侮辱した」として過激なイスラム組織から糾弾され、大規模デモ、デモ隊一部の暴徒化など騒然とした状況にある。中華系インドネシア人でキリスト教徒であるバスキ知事に知事選で対抗馬を擁立している政党支持者や過激なイスラム教団体の執拗な糾弾でバスキ知事は「宗教冒涜罪」などの容疑者となり、13日にはその初公判が開かれている。
来年2月の投票前には裁判の判決が言い渡されるとみられているが、無罪判決なら過激なイスラム勢力が反発して大規模デモや治安当局との衝突も予想され、有罪判決ならバスキ知事を支持する与党勢力や学生・人権団体による抗議運動が起きるのは確実といわれている。
こうした首都ジャカルタの宗教対立を契機とする騒然とした情勢に乗じる形でテロ組織による爆弾テロ、自爆テロへの懸念は依然として存在しており、今後年末年始にかけて多くの市民が集まる場所や行事には特別な警戒が必要となっている。
トップ画像:ジャカルタ市内を行進するイスラム教徒らによるデモ隊 12月2日
©大塚智彦
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。