大統領選まで半年 インドネシア焦点は副大統領候補者の人選に(上)
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・2024年2月、インドネシアは5年に一度の大統領選挙。
・候補人気1位は僅差でプラボウォ国防相、2位のガンジャルジャワ州知事抑える。
・重要なファクターとなる副大統領候補はまだ出ていない。
東南アジアの大国インドネシアは2024年2月14日、5年に一度の大統領選挙を迎える。投票まで約半年となり大統領候補の顔ぶれはほぼ固まりつつあり、有力3候補者が国民の人気を集め支持を拡大している。
その一方で大統領候補者とペアを組む副大統領候補を巡っては多くの名前が取り沙汰されて報道が続くものの、確定的な候補者はいまだに出てきていないのが現状だ。
10月19日から11月25日に行われる正副大統領候補者登録を目指して今後正副大統領候補の顔ぶれが決まっていくものとみられるが、各陣営による虚々実々の駆け引きが水面下で激しさを増しており、名前が挙げられた候補者やその周辺で一喜一憂する場面が頻出することが確実視されている。
大統領選は5年に一度のインドネシア政治の一大イベントであり、有権者にとっては一種の「お祭り」でもある大統領選の現状と行方を展望してみる。
★大統領候補の有力3氏
これまでに大統領候補として出馬を表明したのは3人で、プラボウォ・スビアント国防相、ガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事、アニス・バスウェダン元ジャカルタ州知事である。
3候補は各種世論調査で常にトップ3を占め、そのうちガンジャル知事が圧倒的な人気と支持を得てトップランナーの位置をほぼ独占していた。次いでプラボウォ国防相、アニス知事の順番が常だった。
ところが7月3日に民間調査機関LSJが実施した最新の世論調査ではプラボウォ国防相が40.3%とトップに躍り出て、ガンジャル知事は32.6%と2位に甘んじる結果となった。アニス知事は20.7%で相変わらずの3位で、上位2候補の順番が入れ替わったのだった。前日2日に明らかになったポリゴウ研究所の調査ではプラボウォ国防相32.96%、ガンジャル知事32.40%とほぼ互角ながらプラボウォ国防相が僅差でトップとなった。
ジョコ・ウィドド大統領率いる内閣の重要閣僚でもあるプラボウォ国防相の知名度、人気が全国区であるのに対して、人口が集中し政治経済の中心でもあるジャワ島の中部ジャワ州知事に過ぎないガンジャル知事はジャワ中心の支持であることの影響がじわじわと波及して「逆転」に繋がったとの分析もある。
ガンジャル知事は最大与党で第五代大統領を務めたメガワティ・スカルノプトリ党首の「闘争民主党(PDIP)」の正式党員であり、PDIPの幅広い党勢を背景にしてこれまで支持を得ていたのだった。
それだけに最新の世論調査結果に反映された「逆転」の原因が特にPDIP内部で真剣に分析される事態となっているのだ。
★大統領の立ち位置の変化が影響か
分析の中で浮上しているのが同じくPDIPを最大の支持母体とするジョコ・ウィドド大統領の立ち位置の変化に起因するというものだ。
ガンジャル知事がPDIPの生粋の党員であるのに比べてジョコ・ウィドド大統領は党内の役職がある訳でもなく、ごく普通の一般党員に過ぎないこともあり、PDIP事務局やメガワティ党首とも「蜜月関係」にある訳でもなかった。特に大統領就任後は職務に関してあれやこれやと陰に陽に指示や要望をするPDIP幹部や党首とは懇意な関係を示しながらも一定の距離を置く「面従腹背」の状態がマスコミで度々報じられるなど「微妙な関係」が続けられてきたのだった。
かつては自らの後継大統領としてガンジャル知事を公私に渡って支持してきたジョコ・ウィドド大統領だった。「仕事をする人は白髪になるのだ」と白髪頭のガンジャル知事の仕事を高く評価していた。
ところが2023年に入る頃から、ジョコ・ウィドド大統領のガンジャル知事支持が陰を潜め、どちらかというとプラボウォ国防相との関係が深まっていると度々マスコミで報じられる事態になった。
★大統領、党の指導に嫌気か
この姿勢の変化の背景にジョコ・ウィドド大統領とメガワティ党首の暗闘があるのではないかとの見方がある。
最高権力者である大統領職にあるジョコ・ウィドド氏に対してPDIP、特にメガワティ党首はあれこれ指示や提案をするなど「干渉」することが多く、ジョコ・ウィドド大統領は表向き受け止めながらも、側近の閣僚らの助言もあり、完全にそれを履行することが少なくなっており、隙間風が吹く状態になっているというのだ。
それがPDIP指導部の言いなりになっているガンジャル知事離れとプラボウォ国防相接近の背景にあるという。
★スハルト大統領の女婿プラボウォ国防相
プラボウォ国防相は1998年に経済危機や民主化要求で崩壊した32年に渡るスハルト長期独裁政権下で陸軍特殊部隊や戦略予備軍などの重責を担ったエリート軍人で、子供に軍人がいなかったスハルト大統領の女婿となって重要な役割を担った経歴がある(現在は離婚)。
ただスハルト大統領失脚後は軍在籍中の民主化運動活動家などへの人権侵害事件で軍籍を奪われ、中東でビジネスに携わっていた。
その後帰国して「グリンドラ党」を創設して政治家としての道を歩み始め、スハルト閨閥、軍出身を背景に党勢を拡大、過去2回大統領選に出馬するも惜敗している。
「大統領への最後の挑戦」としてプラボウォ国防相は大統領への強い意欲を示し、ジョコ・ウィドド大統領から国防相として入閣を求められるなど良好な関係を構築してきた。
国民も「強い指導者」への憧憬があり、プラボウォ国防相は根強い人気をこれまで維持してきた。
政権与党のガンジャル知事と軍出身でスハルト時代への回帰を託すプラボウォ国防相による一騎打ちが今後激しくなるものとみられるが、その際に重要なファクターとなるのがそれぞれの副大統領候補なのだ。
(下に続く)
トップ写真:2019年の大統領選 総選挙が行われて2日後、演説する大統領候補プラボウォ・スビアント氏(2019年4月19日にインドネシアのジャカルタ)出典:Photo by Ed Wray/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。