テロ相次ぐインドネシア 高まる社会不安
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ジャカルタで5人死亡の自爆テロ発生。
・イスラム教過激派組織の関与疑惑も。ラマダン前に社会不安増幅。
・大統領、国是「多様性の中の統一」の共有を訴える。
■イスラム教過激派組織が背後に?
インドネシアの首都ジャカルタ東部、カンプン・マラユ地区で24日夜、2度に渡る爆弾爆発があり、付近にいた警察官3人を含む5人が死亡(2人は実行犯)、警察官5人と市民5人の10人が重軽傷を負う事件が起きた。インドネシア国家警察は、目撃情報や現場の状況から実行犯2人による自爆テロとみて犯人の身元と背後関係を捜査している。
インドネシアは25日がキリスト教昇天祭の休日で、27日の土曜日からはイスラム教の約1カ月に渡る断食が始まる予定だった。さらに英国マンチェスターでの爆弾テロの直後でもあり、イスラムテロ組織「イスラム国(IS)」との関連やインドネシア国内過激派組織の関与が疑われているが、これまでのところ犯行声明は出されておらず、犯行の動機などはわかっていない。
カンポン・マラユのジャカルタ公共バスの停留所にあるトイレと隣接するバイク置き場の2か所で24日午後9時ごろ(日本時間同日午後11時ごろ)、相次いで爆発音が轟き、煙が上がった。近くの道路では断食入りを前にしたイスラム教徒のお祭りの行列が行進中で、警備にあたっていた警察官がこの爆発で死傷した。
国家警察では、自爆テロの実行犯とみられる男性の頭部が現場に残されていたことなどから「犯人の身柄特定は困難ではないだろう」としている。自爆テロという犯行手口や警察官を狙った可能性があることから、治安当局では2016年1月にジャカルタ中心部のスターバックス店前の警察官詰め所付近で起きた爆弾テロと銃撃戦(実行犯4人、市民4人が死亡、警察官5人を含む20人が負傷)と同様にイスラム教過激組織の影響を受けた犯行グループが背後にあるとみて捜査を進めている。
■社会不安増幅への警戒感
インドネシアでは5月9日にイスラム教を侮辱したとして「宗教冒涜罪」「公共の場での憎悪表現罪」に問われていたジャカルタ特別州のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事に対し、1審のジャカルタ地裁が予想外の禁固2年の実刑判決(検察側は宗教冒涜罪を取り下げ、禁固1年を求刑)を下したことを契機に、社会の公正と多様性への寛容を求める市民運動が各地で展開していた。
これに加えて、同知事を糾弾していたイスラム教急進組織「イスラム擁護戦線(FPI)」のハビブ・リジック・シハブ代表が国家警察から「国家指導者侮辱」「ポルノ画像受信」などの容疑で出頭を求められながらも、聖地巡礼を理由に海外に留まっていることに関してイスラム穏健派からの反発と捜査を違法とする急進派によるイスラム教内部の対立も浮き彫りになっていた。
インドネシアは世界第4位の人口、2億5500万人を擁し、その約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム教徒が住む国である。だが、憲法などでイスラム教以外にキリスト教、仏教、ヒンズー教など信仰の自由が認められ、「多様性の中の統一」を国是として掲げている。
それだけにイスラム急進派が掲げる「イスラム至上主義」は「国家と国民の分裂を招きかねない」として、アホック知事への判決への反発が新たな分裂を生みかねない状況になっていた。
■「多様性の中の統一」に危機感
こうした事態にジョコ・ウィドド大統領は5月16日に国家警察長官、国軍司令官を呼び「国家分裂につながり、差別を助長するようなヘイトスピーチ、言論には厳しく対処するよう」指示を出した。
大統領は「言論の自由、宗教自由は最大限許容するが、それもインドネシア社会の法と秩序に敬意を払うことが前提であり、社会不安を扇動する言論は自由ではない」と言明、国民に今こそ「多様性の中の統一」や「宗教的寛容」といった価値観の共有を求めた。
実刑判決直後に「判決を不服」として直ちに控訴していたアホック氏も5月23日に妻が涙ながらの会見で「控訴取り下げ」を表明する事態になった。妻によると同氏を支持する国民の運動、デモが全国に拡大していることで「交通渋滞、経済活動の停滞と国民の生活に支障がでている」として「国のためならば自分は全てを許し、受け入れる」と控訴断念の理由を明らかにした。検察側も控訴しているためアホック氏の刑が確定するかは未定だが、国家分裂の危機感を大統領から州知事までが深刻に懸念していることを内外に強く印象付けた。
前述のようにインドネシアは27日からイスラム教徒の重要な宗教的行事である「プアサ(断食)」を迎える。日の出から日没までイスラム教徒は一切の飲食を絶ち、イスラム教徒としての敬虔な宗教心を再確認する。この期間中には例年、イスラム急進派が営業中の風俗店やカラオケ店を「宗教的に問題がある」と襲撃して営業停止に追い込む事案も発生しており、今年も警戒感が高まっていた。
そんな中で発生した今回の自爆テロ事件だけにインドネシア国民はテロの背景が詳細にならない中、不安を抱えながら断食を迎えようとしている。
【追記】2017年5月26日13:00
5月25日、ISが系列のメディアアマク通信を通じて「インドネシア警察のジャカルタで集まりを狙って攻撃を実施したのはISの兵士だ」との犯行声明を出した。
あわせて読みたい
この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。