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.政治  投稿日:2017/1/2

朝日新聞と久米宏の天皇発言政治利用 その2


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

■露骨な政治主張

しかしこの生前退位に関連しての日本政府の対応も奇妙だった。

政府は天皇陛下の生前退位に関して「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」という諮問機関をまず設けた。天皇や皇室のあり方について知識や意見のある民間人から見解を聞いて、政府の決定の参考にするという意図だろうと思った。

ところがこれらの「有識者」がとくに知識や意見を持っているわけでもないようだと判明した。それぞれが「あくまで陛下のご意思を」とか「国民の総意を基礎として」というような、だれでも述べることができる意見のようにみえて意見でも提言でもなんでもない一般論を語るだけのようだった。

そのうえでこれらの「有識者」がまた別にかなりの人数の「専門家」を招いてその見解を聞くというのだから、びっくりした。なんのための「諮問機関」「有識者会議」なのか。これならば政府が直接に「専門家」たちから意見を聴取すればよいではないか。こうした儀式のような手続きのプロセスで浮かんだのは、天皇陛下の生前退位について明確で具体的な意見を表明しようとする人がきわめて少ないという構図だった。

専門家を招くヒアリングは11月7日から始まり、この場で初めて具体的な意見が出たようだった。だがその意見を聞いた「有識者」がどう対応するのか、自分自身の意見はどう反映させるのか。このへんは不透明のままである。

このような議論の過程で国民も政治家も絶対に避けるべきは天皇陛下発言の政治的利用である。ご発言の「真意」なるものを自己の政治的な主張に都合のよいように勝手に曲解し、「天皇陛下は実はこう思われているのだ」と断じる政治操作である。

天皇陛下としては今回の「生前退位」発言も単に自らの退位を求められただけで、その背後にも背景にも政治的な意図や意思があるはずがない。あってはいけないのだ。であるのに朝日新聞はその「ご発言」に政治的な意図があると勝手に断じる記事を堂々と載せているのである。

繰り返すが、天皇陛下ご自身が日本の政治には直接には関与せず、あくまで中立の立場を保たれることは基本の鉄則である。

日本国憲法第一章「天皇」の第四条は天皇陛下は「国政に関する機能を有しない」と明記している。天皇は憲法の公布や国会の召集などの国事行為を委ねられていても、それらの行為はすべて「内閣の助言と承認」に基づき、「国民の総意」が大前提とされる。天皇はあくまでも内閣や国民が決めたことの儀礼的な手続きの実施にあたるだけである。つまりは政治の実権にはかかわらない「象徴」なのである。

しかしながら朝日新聞10月17日夕刊の記事に以下のような記述が載った。天皇の8月のご発言には政治的な意図があると勝手に断じる記事を堂々と載せているのだった。

「天皇陛下の『お言葉』は『今の新しい憲法を守ってください』との意味を含んでいる、と」

以上は朝日新聞の菅沼栄一郎記者がテレビ朝日の「報道ステーション」のキャスターを長年、務めた久米宏氏に向かって述べた言葉だった。この日から合計十回の連載として始まったインタビュー記事「人生の贈りもの わたしの半生」の第一回だった。インタビューされる主役は「放送人 久米宏(72)」とされていた。質問役が朝日新聞記者で「報道ステーション」にも出ていた菅沼氏なのである。

このインタビュ―記事は普通に考えれば、そのタイトルどおり、インタビューされる人物の半生をいろいろな角度から紹介することが企図だろう。なにしろ夕刊の第六面の文化面の記事なのだ。取り上げる人物の生き方に文化や芸術という視点から光を当てる人間ドラマの記事であるはずだ。

ところがその冒頭から極端な政治主張が展開されるのだ。このへんは朝日新聞ならではの巧妙らしくみえて実は子供のような独善の素地まるだしの稚拙な手法として映る。

ではその肝要な部分を紹介しよう。

以下は10回にわたるインタビューのほぼ冒頭、最初から2つ目の質問とその答えから始まる。

――(菅沼記者の質問)やはり、戦後、新憲法世代ですね。

久米宏氏「日本国憲法はたぶん、日本が世界に誇れる唯一のものだと思うんです。日本という国があってよかったな、と世界の人が思ってくれる要素は何があるかな、と考えると、ウォークマンは作ったりしたけれど。こういう憲法が先進国の中にあるんだ、っていうのは自慢のタネですよ。せっかくの宝ものをなくすことはないと思う」

――(菅沼記者の質問)先日のラジオで、「生前退位」会見を取り上げました。天皇陛下の「お言葉」は「今の新しい憲法を守ってください」との意味を含んでいる、と。

久米宏氏「『象徴』という言葉を8回も使っていた。天皇が象徴だというのは現憲法で初めて使われた言葉ですから、国民の総意に基づいた象徴であると、なぜ、これほど繰り返したのか。現憲法を尊重しているからだと思う。

『お言葉』が発表されたのが8月8日でした。広島に原爆が落とされた6日と長崎の9日に挟まれた日を選んだのは、平和を守って欲しい、というメッセージではないか。ぼくの勝手な解釈ですよ。私は、天皇制にはやや疑問を持っていますが、天皇と皇后の大ファンであることは間違いない」

まあ以上を読んだだけでも、朝日新聞の記者の側がいかに自己の特定の政治的主張に基づき、久米氏を誘導し、久米氏がそれに乗って、なんの事実の裏づけも論理の一貫性も示さないままに、これまた独善的な政治主張を述べていることがわかる。

その3に続く。毎日18時配信。全4回。この記事は月刊雑誌「WILL」 「久米宏の『妄言』ダシに 朝日の姑息な『天皇利用』」2017年1月号掲載からの転載です)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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