Amazon Goに未来はあるか?
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
【まとめ】
・Amazon Goは“小売帝国”建設への重要要素。
・「省力化」「利便性」を超える真の狙いは“顧客データ”。
・小売業界への脅威、労働者の嫌悪を「信頼」に変えていけるか。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=38421でお読み下さい。】
米国西海岸の北西部、エメラルドシティの別名で知られるIT先進都市シアトルに、またひとつ新しい観光の聖地が誕生した。レジのないコンビニ、「Amazon Go」である。無人化店舗がどのようなものかを確かめようと押しかける客で、連日大賑わいだ。
▲写真 Amazon Go店内 2018年1月 シアトル Photo by Vegetable6
だが、米国をはじめ中国などでもレジレス店舗はすでに存在するため、コンセプト自体は特に珍しいわけではない。では、何が違うのか。
社会にディスラプションと革命を次々に起こすアマゾンが手掛けるAmazon Goであるからこそ、未来の無人化店舗の「本命」テクノロジーになる、そして小売・物流・金融などあらゆる分野でアマゾンが世界を支配するようになる重要なステップだと見られているところが、特徴的なのだ。
■ ついつい買い過ぎ?
店舗の仕組みとしては、スマホにダウンロードした専用アプリのQRコードで入店した個々の人物が商品を手に取る動きを、天井に埋め込まれた無数のカメラとセンサーで一挙手一投足に至るまで把握し、アマゾン・アカウントに登録された利用者のクレジットカードに購入代金を請求する。棚に戻した商品に対しては請求されない。
現金もクレジットカードも不要なAmazon Goでは、手持ちのキャッシュが消えてゆく「痛み」を感じることがない。だから、ついつい買い過ぎてしまうのだと、専門家は解説する。一方、普及すれば、来店客の多くが無人化された未来的で無機質な店舗コンセプトを嫌う可能性も指摘されている。
客の行動はすべて把握されており、商品がカメラとセンサーの目を逃れることはできない。そのため理論上は万引きができない。ただ、個人と商品の間の動きで計算を行うシステムであるため、棚から品物を取り出した子供が、母親にその品物を渡すなど、個人と個人の間の商品の動きには対応しておらず、そのような行動は店内では禁止されている。
システムはまだ完璧ではないようだ。米経済専門局CNBCのレポーターが取材のためAmazon Goで買い物をした際、ヨーグルトが加算されていないことに気づいた。正直にアマゾン広報に連絡すると、「そのヨーグルトは、弊社の『おごり』でございます」という太っ腹な回答があった。そうした損失は、想定済みであることがうかがえる。
だが、基本的には客の正直さに頼るシステムであるため、アプリにある精算レシートで「買っていない商品を返品」を選び、「取り除く」をタップすれば、たとえその商品を実際に店から持ち出していても、返金される。返品扱いにすることで万引き・窃取ができてしまう弱点が存在するわけだ。
とはいえ、こんなことを繰り返せば、アマゾンのブラックリストにのってしまう。また、商品が高額ではないため、犯人は割に合わない。そこもまた、アマゾンの「想定内」といえよう。
■ 「本命」である理由
Amazon Goには、無人化店舗のライバルがある。アマゾン傘下の高級生鮮スーパー「ホールフーズ(Whole Foods)」のライバルである米最大の生鮮スーパーの「クローガー(Kroger)」や、世界最大の小売チェーンである「ウォルマート(Walmart)」は、顧客のスマホをスキャナー化し、商品をカートに入れながらスキャンして決済まで終わらせることのできるアプリを試験的に提供している。
特に「クローガー」の「Scan,Bag,Go」は、Amazon Goのような小規模なコンビニではなく、大規模スーパー店舗で複雑な会計処理を提供できているところに一日の長がある。
▲写真 「クローガー(Kroger)」の「Scan,Bag,Go」 flickr : Glen Wallace
では、なぜAmazon Goが、それでも本命視されるのか。まず、Amazon Goは客のデータを取ることが一義的な目的で、省力化や待ち時間短縮はボーナスだ。Amazon Goのシステムが業界標準となって外販されるようなことになれば、システムを使う小売業者のデータがアマゾンに筒抜けとなり、あらゆる消費をデータで支配するという同社のジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)の野望が達成に近づく。
安さと利便性を武器に、「ブランドへの信頼による購買行動」を、「アマゾンという巨大小売システムへの信頼による購買行動」に置き換える壮大な戦略である。オンライン宅配でも実店舗でも、注文の道具がスマートスピーカーでもスマホでもパソコンでも、「買い物といえば、アマゾン」にすることが、ベゾス氏の帝国建設の最終目標であるからだ。Amazon Goはその多角的戦略の重要な構成要素であるため、世界標準になり得ると見られているのだ。
■ 成功するかは未知数
だが、Amazon Goには成功が保証されているわけではない。国内外に無人化店舗のライバルシステムが次々と現れていることはもとより、Amazon Go のシステムの初期投資額が高すぎる割に、収益は少ないという弱点が露呈すると、米『ハーバード・ビジネス・レビュー』の分析は見る。こうした見解は、多くのアナリストが指摘するところだ。
さらに、アマゾンはAmazon Go が店内で食品加工やパッケージング、陳列をする労働者の雇用を新たに創造すると主張するが、Amazon Goを含む店舗無人化で米国の230万人のレジ係が職を失い、370億ドル(約4兆円)の収入が失われるとの試算もある。
そうなれば、福祉の充実やベーシックインカムの議論が再び盛んになろう。アマゾンが率先して、政府に福祉支出の増大を強いているとの批判が出かねない。だが、アマゾンは小売帝国建設の過程で、世論を敵に回すことはできない。
現在はアマゾンの狙い通りに観光聖地化しているAmazon Goだが、システムが全米や世界に広まるにつれ、嫌悪が高まることも考えられる。アマゾンという巨大小売システムへの信頼を強められるか、Amazon Goは本格展開において試されていくことになる。
トップ画像:Amazon Go実験店舗 2016年シアトル Photo by SounderBruce
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この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト
京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。