.国際  投稿日:2018/6/16

やはりハッタリだった 米の対北朝鮮先制攻撃

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高橋浩祐(国際ジャーナリスト)

【まとめ】

会見でトランプ氏、対北軍事攻撃は大惨事招くとの認識示す。

・強硬姿勢は非核化や開発凍結に向けた譲歩引き出す為のブラフ。

「米朝開戦Xデー」説を唱えた識者は反省を。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40453でお読みください。】

 

トランプ大統領は12日の歴史的な米朝首脳会談後、珍しく意気揚々として単独での記者会見に臨んだ。このシンガポールでの会見は、大統領就任以来の1年5カ月間で最も長い65分間に及んだ。会場に詰め掛けた記者たちからは様々な質問が相次ぎ、大統領の本音が存分に垣間見れた。

中でも興味深かったのが、女性記者から「大統領、かりに米朝合意が果たされなかった場合、北朝鮮に対する軍事的な結末についてお話しいただけますか」と問われた時のトランプ大統領の答えだ。

昨年春以来、北朝鮮に対する米国の軍事攻撃をしきりに吹聴したり喧伝したりしてきた、日本の「専門家」や「評論家」はぜひ目を背けずに読んでほしい

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▲写真 単独記者会見に臨むトランプ大統領 出典:facebook White House

トランプ大統領はまず、「それについては話したくない。それについて話すのはつらい。私は相手を脅かすことはしたくない。北朝鮮も理解しているはずだ.(I don’t want to talk about it. That’s a tough thing to talk about. I don’t want to be threatening. They understood that.)」と前置きをした上で、次のように述べた。

「どんなことがおそらく起きていただろうか、あなたも分かっているだろう。ソウル(首都圏)には2800万人がいる。私たちはアメリカに大都市があると思っている。ニューヨークには800万人がいる。私たちはそれが大都市だと思っている。(You have seen what was perhaps going to happen. You know, Seoul has 28 million people. We think we have big cities. You look at New York with 8 million people. We think it is a big city.)」

「ソウルには2800万人がいる。考えてほしい。それはまさに(南北)国境のすぐ隣にある。非武装地帯(DMZ)のすぐそばにある。まさにそこにあるのだ。もしそれ(軍事衝突)が起きれば、10万人(が亡くなる)と聞いた。私が思うに2000万人あるいは3000万人を失うかもしれない。これを行うことは、私にとって本当に名誉なことになる。潜在的には3000万人あるいは4000万人を失うことになるかもしれない。ソウルという都市は、まさに国境のそばにあるのだ。(Seoul has 28 million people. Think of that. It is right next to the border. It is right next to the DMZ [demilitarized zone]. It’s right there. If this would have happened — I have heard 100,000 people. I think you could have lost 20 million people or 30 million people. This is really an honor for me to do this. I think potentially you could have lost 30 million or 40 million people. The city of Seoul. It is right next to the border.)」

トランプ大統領が上記の中で述べた「これを行うことは、私にとって本当に名誉なことになる」はあくまで当てつけの皮肉だ。

トランプ政権は昨年3月以来、「すべてのオプションはテーブルにある」として北朝鮮相手に強硬姿勢を示してきた。しかし、トランプ大統領はまさにこのシンガポールでの上機嫌の記者会見で、北朝鮮に対する軍事攻撃が何千万人の犠牲者を生む大惨事になる危険性を十分に認識していたことを示した。トランプ大統領と言えども、何千万人もの犠牲者を生じさせると分かって、戦争に突入する非人道的な愚か者ではなかろう。

つまり、北朝鮮への先制攻撃をちらつかせた強硬姿勢は、北朝鮮に対する核の非核化や開発凍結に向けた譲歩を引き出すための、一種のブラフ(ハッタリ)にすぎなかったことがやはりはっきりしたのだ。

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▲写真 首脳会談に臨む北朝鮮金正恩委員長と米トランプ大統領 2018年6月12日 出典:facebook White House

筆者は昨年3月上旬の早い時期から米国による北朝鮮への先制攻撃が困難であることをいち早く指摘してきた。トランプ大統領が今回述べたように、ソウルは南北の軍事境界線から40㌔しか離れてないが、平壌は150㌔ほど離れている。北朝鮮は戦略上、ソウルを「人質」にとっている形だ。北朝鮮軍は、非武装地帯(DMZ)近くに長射程火砲を重点配備し、その数は多連装ロケット砲など数千門にのぼるとされる。戦争になれば、ソウルには1時間あたり50万発の砲弾が降り、最初の24時間での死傷者が100万人に達するとの推計もある。ソウル首都圏には、韓国総人口の約半分の2500万人が住んでいるが、北朝鮮が警告するようにそこが「火の海」になりかねないのだ。

そもそも北朝鮮を攻撃できるのなら、1994年の第1次朝鮮半島核危機や2002~03年の第2次核危機の際など、とうの昔にやっていたはずだ。では、なぜこれまでやらなかったのか。北朝鮮は既に水爆実験含む核実験6回を行った核保有国。(目を覚ましてほしい、核実験6回、そして、水爆実験ですよ!)核ミサイルだけが問題ではない。北はアメリカ、ロシアに次いで世界3番目の化学兵器保有国。今では天然痘、炭疽菌、ペストなどの生物兵器も保有しているとみられる。

アメリカも様々な被害リスクを考えれば、なかなか攻撃できないはずだ。アメリカにカーボーイ的な役割を期待し、アウトローで「ならず者国家」の北をやっつけてもらいたい気持ちは分かる。しかし、戦争になれば惨事になるのは、トランプ大統領ならずとも、先制攻撃説を流布した識者は認識していたはずだ。また、かりに北朝鮮を制圧しても、その半島処理にはイラクやアフガンをはるかに超える数十万規模の派遣が必要とみられている。現在のアメリカにはそんな余裕はない。

「北朝鮮との間で、戦争で問題が解決すると言っている人間は、事態が全然わかっておらずに基準に達していない人間か、嘘つきかのどちらかだ。戦争なんてシナリオはない」。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は今年3月22日に東京・永田町で行われた新党大地主催の勉強会で、こう指摘した。

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▲写真 佐藤優氏 出典:Amazon.co.jp

駐韓米国大使に一時内定していたビクター・チャ氏も今年5~6月号のフォーリン・アフェアーズで、北朝鮮の核問題が米国の予防的攻撃では解決できないことを指摘。この認識が情報機関や国家安全保障会議(NSC)や国務省、国防総省に務めた元当局者の間で広く共有されていると述べていた。

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▲写真 ビクター・チャ氏 出典:CSIS

振り返れば、日本では、昨年の春先から「北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射したり、核実験を強行したりすれば、米国が直ちに北朝鮮を攻撃し、金正恩政権が崩壊する」といった「米朝開戦Xデー」説が大きく取り沙汰されてきた。しかし、あらためて昨年を振り返ってみると、北朝鮮はICBMを計3回発射し、水爆実験とみられる核実験も1回強行したが、米国は北朝鮮を攻撃できなかった。一部の日本メディアでまことしやかに報じられた「クリスマス開戦」もなかった。

にもかかわらず、特にテレビの情報番組に頻繁に登場する一部の識者は、「米朝開戦Xデー」といった情報を流し、一年中、世論を翻弄(ほんろう)し続けていた。どこが過っていたのか。反省を含め、自らの手で原因と対策を探ってほしいものだ。

トップ画像/単独記者会見に臨むトランプ大統領 出典:The White House

 

【追記】2018年6月16日

トップ画像のキャプションを追記致しました

【訂正】2018年6月16日

本記事(初掲載日2018年6月16日)の本文中、「今では天然痘、炭疽菌、ペスト、サリンなどの生物兵器も保有しているとみられる。」とありましたが、サリンは化学兵器の間違いでした。お詫びして訂正いたします。本文では既に訂正してあります。

誤:今では天然痘、炭疽菌、ペスト、サリンなどの生物兵器も保有しているとみられる。

正:今では天然痘、炭疽菌、ペストなどの生物兵器も保有しているとみられる。

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この記事を書いた人
高橋浩祐国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

高橋浩祐

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