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スポーツ  投稿日:2019/2/12

パフォーマンス理論 その2 体幹


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

【まとめ】

・私たちの世代で体幹が重要だと言われ始めた

・体感の範囲は大腿部の付け根部分から上、おへそより下のあたり。

・熟達すれば結局全てのトレーニングが体幹トレーニングになる。

 

【注:この記事にはリンクが含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44087でお読みください。】

 

私たちの世代で体幹が重要だと言われ始めた。古くは丹田など様々な言葉で体幹の重要性は語られていたので、古来から重要視はされていたのだろうと思うが、体幹という言葉が一般に浸透したのが私たちの頃からだと思う。

体幹と呼んでいるものの具体的な位置は実ははっきりしていない。学術的にははっきりしているのかもしれないが、スポーツの現場ではトップ選手でも具体的な場所を把握していなかった。私がイメージしていたのは、腸腰筋、脊柱起立筋下部、腹直筋下、内・外腹斜筋、腰方形筋あたりだった。特に腹斜筋はよく意識した。

体幹がなぜ重要なのか。それは股関節周辺に最も大きな筋肉が集まっていて、力を生み出す源であり、また上半身と下半身を接続する部分だからだと考えていた。立位で行うスポーツの場合、力というのは基本的に地面からもらっている。地面に力を加え返ってきた力を伝達することでパフォーマンスを発揮している。走るのも打つのも蹴るのも投げるのも、まず地面を踏んでいる。オフィスにあるようなくるくる回る椅子の上でパフォーマンスしてみると、地面を踏むことの重要性がよくわかる。

陸上競技であれば地面を踏む瞬間に体重を乗せて股関節伸展をしているが、その股関節伸展をしている際に根元を固定するのが体幹になる。体幹が弱ければ土台が固定されていない砲台のようになり、踏み込んだ瞬間ぐらっと揺らいで十分な力も精度もでない。

また地面に力を加えその反力が戻ってきた際にも、体幹が固定されていれば力はそのまま上半身に伝わるが、弱ければ力が途中で逃げる。野球の金属バットの真ん中がプラスチックでできていたら、いくら強く打ってもバットがボールに押されて曲がって、飛ばないとの同じ原理だ。

体幹が強いというのは表面に見えている筋肉の強さのように思えるが、本当に体幹が使えるようになると実はいわゆるシックスパックと言われるような腹筋は緩む。シックスパックだからといって体幹が強いかと言われると、私の経験上さほど相関していなかった。体幹の中心は目に見えにくい

少し体幹のイメージを羅列する。普段は弛緩しているが、力を入れる瞬間に腹圧をかけ下に押し下げ、腹で食いしばるような感覚だった。マウスピースを顎で噛み締めてガッチリホールドするのに近い。バランスボールがあって、それを全方向から潰せば空気の逃げ場がなくなり内圧が高まる。着物の帯で体を占めるように、自分の腰周辺の筋肉で巻きつけて圧力をかけるようなイメージだろうか。そしてそのバランスボールの中に軸が垂直に立っている。おもちがありその中心に箸を突き立てているとしたら、もちが体幹で箸が背骨だ。

私の結論では極端に言えば、人間の状態は、体幹が使えているか、使えていないかの二種類しない。もし使えていなければ体幹トレーニングは体幹を鍛えているというよりも力を入れるためのコツを探しているのに近い。一旦使えるようになれば全ての動作に体幹を使ってしまうので、日常動作すら体幹トレーニング化する。

極論だが体幹トレーニングというのは存在せず、トレーニングは全ては体幹トレーニングと言える。もちろん実際にはグラデーションがあって、少し使えるから自由に使えるまで随分と距離がある。その力の入れるきっかけを探すのが体幹トレーニングなのだろうと思う。

体幹に効きやすいトレーニングというものはあった。私の経験では、以下の三つが効いた。

1、ハンマー投げの出だしの1,2回転のように、正面を向いたまま少し腰を落として紐のついた重たいメディシンボールをぐるぐる回す練習。

2、デッドリフト・ワイドスクワット

3、メディシンボール投げ

私の感覚ではともかく正しい姿勢での座り立ちが一番腹圧を高める感じがわかって効いた。ハンマーの振り回しは全方向から自分の上半身が引っ張られるのでそれを踏ん張ることでかなり鍛えられたと思う。ワイドスクワットだが、どうも内転筋と臀部への力の入り具合が腹圧を高める強さがつながっているような気がしていたので多用していた。

調子が良い時には、臀部と内転筋、下っ腹周辺が全方向から下っ腹の中心部を抑え込んでいるような感覚があったからだ。そこから推測するに、私のいう体幹の範囲は大腿部の付け根部分から上おへそより下のあたりが範囲なのだろうと思う。

体幹のようなものはどうしても魔法のように語られがちだが、結局使いこなすためには地道な試行錯誤しかない。体幹に力が入るようになれば何が起きるか。まず肩の力が抜け柔らかくなる。肩や身体の末端部に力が入るのは、中心部でコントロールしきれていないものを調整するために負荷がかかっているからだ。中心でコントロールしきれれば末端は弛緩できる。素人がスキーをやって全身筋肉痛になるのはそういうことで、熟達者になれば入れるべきところに入れた後は、全身遊んでいる。余談になるが、体幹が強くなって私はおしっこの勢いが出るようになった。膀胱に圧をかけられるようになったからだろうか。

現役の終盤では、体幹トレーニングは立って行なっていた。というよりスクワットをしてもデッドリフトをしてもスナッチをしても腹筋含む体幹がヘトヘトになったので、あまりそれ以外のことはしていなかった。そのような経験から、熟達すれば結局全てのトレーニングが体幹トレーニングになると考えていた。

(この記事は2019年1月14日に為末大HPに掲載されたものです)

トップ写真:トレーニングイメージ画像 出典:pixabay


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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